藤原歌劇団ヴェルディ歌劇「イル・トロヴァトーレ」初日公演を1月29日(土)、オペラの殿堂・東京文化会館で聴いた。
藤原歌劇団としては1987年、1996年に続く3度目のヴェルディ歌劇「イル・トロヴァトーレ」公演。「リゴレット」「椿姫」に並ぶヴェルディ中期の傑作として知られる「イル・トロヴァトーレ」の日本初演は1921年のロシア歌劇団という。
「イル・トロヴァトーレ」を日本語にすると「吟遊詩人」(ぎんゆうしじん)。吟遊詩人は、詩曲を作り、各地を訪れて歌った人々を指す。欧州社会では主に中世の10世紀頃から15世紀頃にかけて現れた人々を指すことが多いようだが、オペラで新しい題材を求めていたヴェルディの琴線に触れたのだろう。
タイトルロールであるトロヴァトーレ(吟遊詩人)のマンリーコ役は、日本を代表するテノールの笛田博昭。恋人レオノーラ役は小林厚子(ソプラノ)、運命の三角関係となるルーナ伯爵役は須藤慎吾(バリトン)、ロマ(ジプシー)老婆のアズチェーナ役は松原広美(メゾソプラノ)といった豪華布陣だった。
笛田博昭のテノールは、神々しくまろやか。柔らかくしなやかで伸びのある美声で、甘く美しいマンリーコ役を演じ、日本最高のテノールだと実感させられた。名アリア「見よ、恐ろしい炎を」を凛々しく情感たっぷりに歌い上げ、聴衆の心を燃え立たせた。
レオノーラ役は小林厚子のソプラノは、天に届くようなスケール感とマンリーコへの真っすぐな愛を感じさせてくれる透き通るような歌唱。きめ細かやかな弱音の表現と音程が素晴らしく、第四幕で、捕われの身となったマンリーコへの愛を歌う名場面「恋はばら色の翼に乗って」は、観客の涙を大いに誘った。
ルーナ伯爵役の須藤慎吾(バリトン)は、確かな歌唱と演技という面で好演。運命の三角関係となり、色気がある渋い演技と舞台で品位を感じさせる立ち振る舞いに魅了された。
アズチェーナ役松原広美(メゾソプラノ)は、響きある端正な歌声を響かせた。アズチェーナは、母を火刑に処された復讐心と息子マンリーコへの愛情の板挟みに苦しむ難しい役どころだが、複雑な情念の炎を演技と歌で表現し、名舞台を牽引していった。
ヴェルディ歌劇「イル・トロヴァトーレ」は、ソプラノからバリトンまで、主役級の声を必要とし、イタリアオペラの中でも最も声楽の面で充実した作品と呼ばれているが、藤原歌劇団トップスター揃い踏みで主役の声が揃った「トロヴァトーレ」は聴き応え満点だった。
粟國 淳の演出は、オーソドックスかつ時代背景に忠実で、オペラ王ヴェルディの真意と狙いを伝えてくれる善さと誠実さに満ちていた。
山下一史&東京フィルハーモニー交響楽団の指揮と演奏は、旋律美とダイナミズムに富んでおり、通好みといわれる同作品の魅力を余すことなく伝えてくれた。
ただ唯一残念なのは、同じヴェルディ中期の人気作品である「椿姫」と比べて演奏回数が格段に少なく抑えられていることだ。オーケストラのアンサンブルや斬新な音楽使いなど音楽的には、ヴェルディ中期において最も充実した作品との声も多い名作「イル・トロヴァトーレ」。
『究極のヴェルディオペラ』とも呼ばれている同作品が頻繁に演じられる日が来ることを願わざるを得ないが、藤原歌劇団のヴェルディ歌劇『イル・トロヴァトーレ』公演は、聴衆の心を燃え立たせる名演として深く心に刻まれるものだった。
Ⓒ公益財団法人日本オペラ振興会
■藤原歌劇団公演『イル・トロヴァトーレ』
2022年1月29日(土)14:00開演(13:00開場)
東京文化会館 大ホール
レオノーラ:小林厚子
マンリーコ:笛田博昭
ルーナ伯爵:須藤慎吾
アズチェーナ:松原広美
フェルランド:田島達也
イネス:松浦麗
指揮:山下一史
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
オルガン:髙橋裕子
合唱指揮:安部克彦
合唱:藤原歌劇団合唱部
演出:粟國 淳
美術:横田あつみ
衣裳:増田恵美
照明:大島祐夫
舞台監督:齋藤美穂
副指揮:松村優吾 小松拓人
演出助手:橋詰陽子
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