4月6日、新国立劇場でオペラ『ばらの騎士』を観賞した。
オーソドックスなジョナサン・ミラーの演出で2007年、2011年、2015年、2017年に引き続き5年ぶり5度目の上演。
本作は、文豪ホーフマンストールとドイツ・ロマン派最後の巨匠R・シュトラウスのコンビ第二作目。18世紀の中盤、マリア・テレジアの治世下のウィーンの上級社会が舞台となっており、音楽的にワルツが多く挿入されている。
歌手陣は、元帥夫人(マリー・テレーズ。ドイツ語で「マルシャリン」)役のアンネッテ・ダッシュが来日。その他の役柄は、オール日本人キャストで小林由佳(オクタヴィアン)、妻屋秀和(オックス男爵)、安井陽子(ゾフィー)、与那城敬(ファーニナル)、森谷真理(マリアンネ)、内山信吾(ヴァルツァッキ)、加納悦子(アンニーナ)、大塚博章(警部)、晴雅彦(公証人)、宮里直樹(テノール歌手)という布陣となった。
世界的ソプラノ歌手のアンネッテ・ダッシュの元帥夫人(マリー・テレーズ)に注目が集まった。アンネッテ・ダッシュは、弱音から高音域までしっかり聴かせる艶がある高貴な声が特徴的だった。オクタヴィアンから手に別れのキスを受けた瞬間やラストシーンにおける、若い恋人を諦めねばならぬ苦悩の三重唱における気品がある演技は、さすが卓越したものだった。
妻屋秀和(バス)のオックス男爵は、深みがある歌唱で観客を魅了。
レルヒェナウ男爵オックスは、性格は野卑で傲慢で自己中心的で好色漢、おまけにケチという俗物的役柄だが、妻屋はウイットに富んだ演技でどこか憎めないような愛すべきオックス男爵を演じた。
テノール歌手は宮里直樹が演じた。やや粗いところがあるが、その代わり思いっきりのよさという魅力があった。宮里の声量があり伸びやかな輝かしいテノールに大満足。将来性を感じさせる素晴らしいテノールだった。
小林由佳(メゾソプラノ)のオクタヴィアンと安井陽子(ソプラノ)のゾフィーは安定した歌唱で好演。第二幕、オクタヴィアンの小林由佳とゾフィーの安井陽子による二重唱「地上のものとは思えないばら」はオクタヴィアンとゾフィーが一目ぼれする場面。美しい二重唱は、好意的に傾聴され、心に潤いを与えてくれた。
終盤は元帥夫人がオクタヴィアンとゾフィーの間に芽生えた愛を感じ、身を引こうと決心する三重唱「マリー・テレーズ、私が誓ったこと」が歌われた。
三重唱での哀愁を帯びた歌声と演技は素晴らしいクオリテイの高さで、歌手個人のポテンシャルをはるかに凌駕したものだった。涙がしたたり落ちるような重唱は、散りゆくばらのような美しい世界へと誘ってくれた。
サッシャ・ゲッツェル&東京フィルハーモニー交響楽団によるR.シュトラウスの音楽構築は、とてもふくよかで広がりがあり、パンデミックとウクライナ情勢の時期にあって、心に安らぎを与えてくれるものだった。
第二幕の祝祭的で華やかな導入曲でマエストロのタクトは冴えわたり、なめらかでエレガントな音楽が奏でられた。木管奏者によるソロが卓越していた。突然入るシュトラウス的な優雅なワルツ(通称「ばらの騎士のワルツ」)のメロディーが素敵だった。
R.シュトラウスの父親がミュンヘン宮殿管弦楽団ホルン奏者だったこともあり、楽曲はホルンが多用されている。東京フィルのホルン奏者は、最初から最後まで惚れ惚れする美音で観客を魅了。曲の要所要所に、まろやかなホルンの聞かせどころが現れ、歌手を凌駕するかのようなふくよかな響きに酔いしれた。
『ばらの騎士』は貴族達の恋愛がテーマのコメディ作品でありながら、全3幕からなる長大で演奏困難なオペラであるため上演のみならず録音でもしばしばカットが行われている。20世紀を象徴する多面的な作曲家であり音楽理論に長けたR.シュトラウスらしい流麗な旋律は一聴に値する。
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
■新国立劇場オペラ
リヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』
Der Rosenkavalier/Richard Strauss
全3幕〈ドイツ語上演/日本語及び英語字幕付〉
公演期間:
2022年4月3日[日]~4月12日[火]
Staff&Cast
スタッフ
【指 揮】サッシャ・ゲッツェル
【演 出】ジョナサン・ミラー
【美術・衣裳】イザベラ・バイウォーター
【照 明】磯野 睦
【再演演出】三浦安浩
【舞台監督】髙橋尚史
キャスト
【元帥夫人】アンネッテ・ダッシュ
【オックス男爵】妻屋秀和
【オクタヴィアン】小林由佳
【ファーニナル】与那城 敬
【ゾフィー】安井陽子
【マリアンネ】森谷真理
【ヴァルツァッキ】内山信吾
【アンニーナ】加納悦子
【警部】大塚博章
【元帥夫人の執事】升島唯博
【ファーニナル家の執事】濱松孝行
【公証人】晴 雅彦
【料理屋の主人】青地英幸
【テノール歌手】宮里直樹
【帽子屋】佐藤路子
【動物商】土崎 譲
【合唱指揮】三澤洋史
【合唱】新国立劇場合唱団
【児童合唱】多摩ファミリーシンガーズ
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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