ヴェルディの傑作《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》が、藤原歌劇団により新国立劇場オペラパレスで上演された。9月5日(金)の初日公演を観賞した。
笛田博昭のアルフレード:日本人離れした声量と驚異的な歌唱技巧

ラ・トラヴィアータにおけるアルフレード・ジェルモンは、恋に溺れ、誤解し、傷つき、そして悔いるという、青年の揺れ動く心のドラマを全身で体現する役である。今回この役に挑んだのは、日本を代表するテノール、笛田博昭。その豊かな声量、卓越した技巧、そして劇的な表現力によって、アルフレードというキャラクターにかつてないリアリティと魅力を与えた。
第1幕では、社交界の青年らしい軽やかさと真摯さを見せつつも、「乾杯の歌」では伸びやかで輝かしい高音を響かせ、観客を一気に作品世界へと引き込んだ。日本人離れしたその声量と歌唱技巧に、会場の視線が一斉に集中した。
第2幕。ヴィオレッタを思う愛ゆえに苦悩し、誤解と嫉妬に翻弄されていくアルフレードの複雑な内面を、声色と細かな表情の変化で的確に描出。「燃える心を」は、アルフレードが第2幕で歌う抒情的アリア。冒頭の柔らかいレガートは、恋に酔いしれる若者の無垢な喜びが溢れており、感情が自然に伝わる。力強さの中にも繊細な陰影を感じさせ、人物の葛藤が痛いほど伝わる歌唱が卓越。。聴衆からは感動のブラヴォーが送られ、卓抜した歌唱に賛辞の声があがった。
第3幕では、一転して深い後悔と悲しみをたたえた歌唱へ。ヴィオレッタの死期が迫る中、ようやく真実を知ったアルフレードが彼女のもとに駆けつける。

死にゆくヴィオレッタへの「僕たちはこれから一緒に生きていけるんだ」という言葉には、希望を信じようとする痛切な想いがこもっており、観客の涙を誘った。瀕死のヴィオレッタとの再会では、愛と赦しを全身で表現し、声に宿る情感の密度が極めて高かった。
笛田博昭のアルフレードは、単に技巧を誇るだけのテノールではなく、音楽と言葉を通して「人物を生きる」ことの真髄を示した。歌唱は、中低音域の厚みと高音域の輝かしさが共存。豊かなレガートと的確なフレージングを持ち、大劇場でもオーケストラを突き抜けて届く強靭な響きに圧倒された。
迫田美帆のヴィオレッタ:強さと儚さを同時に生きた、魂の熱演

迫田美帆のヴィオレッタは、強さと儚さを併せ持つ表現力豊かな歌唱が光った。
第1幕アリア「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」では、ヴィオレッタの内面を劇的に浮かび上がらせた。コロラトゥーラの技巧は鮮やかで、跳躍音程や装飾音も正確かつ軽やか。単なる技巧の披露に終わらせず、感情をしっかりと伴っていた歌唱だった。
第2幕、アルフレードとの幸せな生活を断ち切り、彼の未来のために自己犠牲を選ぶヴィオレッタ。迫田は、ジェルモンとの対話において揺れる心のひだを、細やかな声色の変化と表情でじんわりと表現した。デュエットでは須藤慎吾(ジェルモン)との心理的駆け引きも緊張感を持って演じられ、聴衆の心を掴んだ。
最終幕では、死期が近づいたヴィオレッタの姿が描かれる。声にも身体にも衰えが現れる演技を要求されるが、迫田はその変化を演技と歌唱の両面から自然に表現。終幕の「さようなら、過ぎ去った日々よ」では、肉体の限界と心の自由を対比させるような、静謐でありながら心を揺さぶる歌唱を披露。聴衆の心を大きく動かした。コロラトゥーラの技巧、リリカルな抒情、そして劇的な表現すべてにおいて“ヴィオレッタ役としての成熟”を感じさせる熱演を披露した。
須藤慎吾のジェルモン:深みのある声と父としての揺るぎない存在感

アルフレードの父であるジョルジョ・ジェルモンは、物語の転機を担う重要な役割を果たす人物である。須藤慎吾のジェルモンは、苦悩と葛藤を抱えた人物像を精密に構築。柔らかくも芯のあるバリトンの響きは、まさに「父」という存在を象徴し、アルフレードとヴィオレッタにとっての“現実”を突きつける説得力があった。声のトーンやテンポの緩急によって、単なる「冷たい父」ではなく苦悩と葛藤を抱えた人物像を精密に演じていた点が印象的だった。
第2幕でのヴィオレッタ(迫田美帆)との長い二重唱は、舞台における白眉のひとつだった。須藤は、ただ説得するのではなく、ヴィオレッタの痛みや高潔さに気づき、心を揺さぶられていく過程を声の陰影と表情で丁寧に描いた。とりわけ「プロヴァンスの海と陸」では、父親としての切実な愛と後悔が滲み出ており、聴衆の胸を打った。
終幕では、ジェルモンが自らの判断に悔いを抱え、ヴィオレッタの元に駆けつける姿が描かれる。須藤慎吾は、冒頭の厳格な姿勢から一転、哀しみに沈む父親の姿へ転化し、観客の心に余韻を残した。

合唱は、藤原歌劇団合唱部、新国立劇場合唱団、二期会合唱団 三団体による壮麗なコラボレーション。第1幕の冒頭ハイライト「乾杯の歌」では音量が過度に飽和せず、声部の輪郭が極めて明確。各パート(ソプラノ、アルト、テノール、バス)のバランスも優れており、ハーモニーが美しく立体的に響かせた。合唱団員一人ひとりが単に「歌う群衆」ではなく、ヴィオレッタのサロンで人生を謳歌する人々として、視覚的にも説得力ある存在となっていた。
オペラ演出家として国内外で評価の高い粟國 淳による演出は、人物の心理と関係性を精緻に浮かび上がせた。衣裳は視覚的な役割以上に、心理的な深みを補完する静かな演出装置。19世紀後半〜ベル・エポック期を基調としたクラシカルなスタイルで、色や質感により人物像を巧みに浮かび上がらせていた。
日本最高峰のオペラ・オーケストラとして存分に機能した東京フィルハーモニー交響楽団の演奏は、作品の情感を丁寧かつ劇的に描き出した。指揮の阿部加奈子との連携も見事で、歌手の呼吸やドラマのテンポにぴたりと寄り添った音作りが印象的。
序曲の冒頭から、繊細な弦の響きが劇場空間を支配し、椿姫の運命の儚さを静かに提示。歌手の歌唱に対しては包み込むようなバランス感覚を維持しつつ、アリアの背後では感情の流れを的確に支える。アルフレードやヴィオレッタのアリアにおいて、内声部の動きのニュアンスが豊かで詩的。終幕にかけてのドラマティックな高まりでは、金管・打楽器陣も鋭敏で巧みな演奏を披露。悲劇の収束を音楽的に明瞭に描いてくれた。
歌・合唱・演技・演出・演奏の全てが高次元に融合された見応えある上演。中でも、笛田博昭のアルフレードは、単なる恋人役に留まらず、愛に翻弄され成長していく青年像をリアルに描ききり、会場の観客からは終演後、ひときわ大きな拍手が送られた。

■藤原歌劇団公演
ラ・トラヴィアータ 〜椿姫〜
日時:2025年9月5日(金) 14:00 開演
会場:新国立劇場オペラパレス
ヴィオレッタ 迫田美帆
アルフレード 笛田博昭
ジェルモン 須藤慎吾
フローラ 古澤真紀子
ガストン 堀越俊成
ドゥフォール 江原啓之
ドビニー 坂本伸司
グランヴィル 豊嶋祐壹
アンニーナ 石井和佳奈
ジュゼッペ 濱田 翔
使者 江原 実
召使 岡山 肇
日本オペラ振興会総監督:郡 愛子
公演監督;斉田 正子
指揮:阿部加奈子
演出:粟國 淳
合唱:藤原歌劇団合唱部、新国立劇場合唱団 、二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱指揮 安部 克彦
美術&衣裳 アレッサンドロ・チャンマルギー
照明 原中 治美
振付 伊藤 範子
舞台監督 菅原 多敢弘
副指揮 大浦 智弘、矢野 雄太
演出助手 上原 真希、澤田 康子



