2025/2026シーズン新国立劇場バレエ団『マノン』が、3月19日、新国立劇場 オペラパレスにて初日を迎えた。振付は英国ドラマティック・バレエの金字塔を築いたケネス・マクミラン、音楽はジュール・マスネ。18世紀フランスの退廃と貧困が交錯する社会を背景に、破滅へと転がり落ちる愛の行方を描く本作は、1974年の初演以来、世界中で上演され続けている傑作である。
今回の上演は、コロナ禍で中断を余儀なくされた2020年以来の再演。英国ロイヤル・バレエ&オペラの制作協力のもと、よりドラマ性を深化させた舞台として披露された。
小野絢子が体現する「強さ」を内包したマノン

新国立劇場バレエ団『マノン』小野絢子 撮影:鹿摩隆司
主役マノンを踊った小野絢子は、登場の瞬間から空間の重心を引き寄せるような強い求心力を放った。特筆すべきは、その上半身のしなやかさと、音楽に対する呼吸の深さである。腕のしなやかな動きと上半身の繊細な使い方が、感情の揺らぎをそのまま可視化するかのように変化し続ける。
第1幕の出会いのパ・ド・ドゥでは、軽やかなアレグロと柔らかなアラベスクのラインによって、恋に落ちる瞬間の無垢と高揚を表現。一方、第2幕の寝室のパ・ド・ドゥでは、同じ身体が一転して重さを帯び、引き寄せられながらもどこか抗うような質感を見せる。この“重さの変化”こそが、小野のマノンを単なる可憐な存在にとどめない所以である。
終幕では、身体のコントロールをあえて崩すことで、生命が擦り切れていく過程をリアルに提示。リフトの中で力を失っていく様は、技巧ではなく存在そのものが消えていくような切実さを帯びていた。
福岡雄大のデ・グリューとパ・ド・ドゥの完成度

新国立劇場バレエ団『マノン』小野絢子、福岡雄大 撮影:鹿摩隆司
デ・グリューを演じた福岡雄大は、安定した技術と経験に裏打ちされたパートナリングで舞台を支えた。パ・ド・ドゥにおけるリフトやサポートは秀逸で、小野の身体を常に最良の位置へと導き、視覚的にもドラマ的にも完成度の高いデュエットを成立させた。
一方、本作が要求する“破滅へと突き進む青年の内的熱”という点では、解釈の余地も感じさせる。マクミラン作品において重要なのは、技巧と演技の融合ではなく、ステップそのものが感情を語ること。その意味で、本役の深化は今後の上演においても注目されるだろう。
奥村康祐のレスコーと艶やかな陰影を与えた木村優里

新国立劇場バレエ団『マノン』木村優里、奥村康祐 撮影:鹿摩隆司
本公演で特筆すべきは、レスコーを演じた奥村康祐の充実ぶりである。妹を利用し金を得ようとする冷酷さと、どこか人間臭い弱さ。その両義性を、誇張に頼らずステップの質で表現した。
第2幕の酔漢の踊りでは、酔態のリアリズムとクラシック・バレエの美しさを両立させる高度な表現を披露。物語の“もう一つの軸”として機能し、舞台全体に厚みを与えた。
また、レスコーの愛人を演じた木村優里は、本作に艶やかな陰影を与える存在として際立っていた。しなやかな上体の使い方と、わずかに遅らせる音楽の取り方が、役柄に特有の“倦怠と誘惑”を生み出している。
第2幕のパ・ド・ドゥでは、挑発的でありながらどこか情に絡め取られた女性像を提示。単なる享楽的な人物ではなく、レスコーに対する執着や依存がにじみ出ることで、人物像に奥行きを与えた。とりわけ視線の使い方と腰のニュアンスには、古典バレエには収まりきらない生々しい色香が宿っていた。
群像劇としての完成度の高さ

新国立劇場バレエ団『マノン』小野絢子、奥村康祐、中家正博 撮影:鹿摩隆司
ムッシューG.M.の中家正博、マダムの湯川麻美子、看守の小柴富久修らキャラクター陣も、それぞれの役割を的確に担い、作品世界を支える。
物乞いや娼婦たち、紳士たちに至るまで、すべての動きが物語の一部として機能していた。全編がドラマとして緊密に構成されているため、3幕という長さを感じさせない凝縮度を実現している。
ロイヤル・バレエの衣裳がもたらす重厚な世界観

新国立劇場バレエ団『マノン』第2幕より 撮影:鹿摩隆司
本公演では、英国ロイヤル・バレエ&オペラから提供されたニコラス・ジョージアディスの衣裳が使用されている。華やかな装飾とくすんだ色彩の対比は、18世紀社会の階層構造を浮かび上がらせると同時に、マノンという人物の内面の変化をも雄弁に語っていた。
「マノン」が描くのは、純愛の物語ではない。愛と欲望、貧困と富、選択と代償が複雑に絡み合い、人間の弱さを容赦なく暴き出すドラマである。その核心を体現した今回の上演は、カンパニーの成熟と層の厚さを強く印象づけた。
小野絢子を中心に据えながら、多層的な人間関係が浮かび上がった本舞台は、観客にとって“運命のマノン”との出会いとなった。再演を重ねるごとに深化を続ける新国立劇場バレエ団の『マノン』。その新たな地平を示す、記憶に残る初日であった。

新国立劇場バレエ団『マノン』小野絢子、福岡雄大 撮影:鹿摩隆司
■2025/2026シーズン
新国立劇場バレエ団「マノン」
Manon
公演日程:2026年3月19日(木)
会場:新国立劇場 オペラパレス
STAFF;
【振付】ケネス・マクミラン
【音楽】ジュール・マスネ
【編曲】マーティン・イェーツ
【美術・衣裳】ニコラス・ジョージアディス
【照明】沢田祐二
【監修】デボラ・マクミラン
CAST
マノン:小野絢子
デ・グリュー:福岡雄大
レスコー:奥村康祐
ムッシューG.M.:中家正博
レスコーの愛人:木村優里
娼家のマダム:湯川麻美子
看守:小柴富久修
物乞いのリーダー:水井駿介
高級娼婦:飯野萌子、直塚美穂、川口藍、金城帆香、根岸祐衣
紳士:小野寺雄、原健太、森本亮介
客:宇賀大将、趙載範、長谷川諒太、太田寛仁、森本晃介
老紳士:内藤博
指揮:マーティン・イェーツ
管弦楽:東京交響楽団
制作協力:英国ロイヤル・バレエ&オペラ
Manon is produced in association with the Royal Ballet and Opera. This production was first seen at the Royal Opera House, London on 7th March 1974.



