小野絢子が刻んだ新制作『ファイヴ・タンゴ』《新国立劇場バレエ団「バレエ・コフレ 2026」》

新国立劇場バレエ団のトリプル・ビル公演「バレエ・コフレ 2026」が開幕。〈宝石箱〉の名にふさわしい本公演は、三作それぞれが異なる輝きを放ち、観客に多彩なバレエ体験を届けた。

『A Million Kisses to my Skin』──バッハと身体が交わる瞬間


新国立劇場バレエ団「バレエ・コフレ 2026」
『A Million Kisses to my Skin』撮影:鹿摩隆司

デヴィッド・ドウソンの『A Million Kisses to my Skin』は、バッハのチェンバロと弦楽のための協奏曲 BWV1052を基にしたモダン・バッハ・バレエ。東京交響楽団(指揮:冨田実里)とピアノ:高橋優介の生演奏で、音楽の躍動をダンサーたちの身体が余すことなく映し出す。

9名のキャストが舞台上で入り乱れ、揃えば華やかに、離れれば自由に、手足をぎりぎりまで伸ばしてスピーディーに踊る姿が圧巻。直塚美穂&渡邉峻郁の第2楽章デュエットは色香に満ち、男子チームがすらりと美しく、女性陣は可憐さと力強さを兼ね備えていた。9名が舞台に並ぶクライマックスは手に汗握る感動をもたらした。

『ファイヴ・タンゴ』──タンゴとバレエの妖艶な邂逅


新国立劇場バレエ団「バレエ・コフレ 2026」
『ファイヴ・タンゴ』撮影:鹿摩隆司

今回、新国立劇場バレエ団初演となったハンス・ファン・マーネンの『ファイヴ・タンゴ』は、アストル・ピアソラの情熱的で哀愁漂う音楽とバレエの魅力を融合させた大人のバレエ。 アルゼンチン・タンゴの情熱と、クラシックバレエの洗練されたテクニックを融合させた作品です。タンゴの官能的リズムと複雑な変拍子が、ダンサーたちの身体表現を刺激し、舞台に独特の色気を生む。

小野絢子は福岡雄大のカップルは、タンゴの哀愁漂うリズムとバレエの技巧を見事に融合させた。冒頭の「ブエノスアイレスのすべて」(Todo Buenos Aires)では、鋭く切れ込む音楽に応じた俊敏な動きで観客を引き込み、妖しい色香を漂わせる。続く第2曲「死」(Mort)では、静かに息を長く歌うような陰影を体現。群舞の中での存在感も際立ち、細やかな表情や手先の動きひとつで音楽の微細なニュアンスを伝えた。

男性ソロが踊る「地獄へ行こう」(Vayamos al diablo)では高速回転と重力を超えたジャンプで観客を圧倒し、最後の「ブエノスアイレス零時」(Buenos Aires hora cero)では暗闇に妖艶な緊張感が漂った。

小野絢子:抑制の中で映える情熱と佇まい


新国立劇場バレエ団「バレエ・コフレ 2026」
『ファイヴ・タンゴ』撮影:鹿摩隆司

新国立劇場バレエ団「バレエ・コフレ 2026」にて、小野絢子はクラシックの盤石なテクニックを基盤としながら、タンゴの持つ根源的な情熱を体現し、稀有なダンサーであることを改めて印象づけた。ソロ、デュエット、そして群舞。変幻自在に舞台に現れる彼女の姿は、常に観客の視線を惹きつけて離さない。

特筆すべきは、舞台に濃密な緊張を湛えたソロだ。タンゴ特有の鋭利なアクセントの合間に生まれる“間”を、彼女は卓越した重心の制御と呼吸によって可視化する。ただそこに佇むだけで空間の温度が変質し、表層的な官能を超えた、抑制と緊張の積み重ねによる「成熟した情熱」が立ち現れる。

福岡雄大とのデュエットでは、パートナーの力を巧みに受け止めつつ、空間に自らの軌跡を刻印するようなしなやかさを披露。音楽の陰影に即応し、微細に呼吸を変化させるその姿は圧巻であり、客席からは感嘆のため息が漏れた。クラシック作品で見せる端正な美しさとは一線を画す、重心の低い歩みと独自の「間」によって、小野は舞台の空気そのものを支配していた。

『テーマとヴァリエーション』──クラシック・バレエの華麗なる極み


新国立劇場バレエ団「バレエ・コフレ 2026」
『テーマとヴァリエーション』撮影:鹿摩隆司
Theme and Variations
Choreography by George Balanchine © The George Balanchine Trust

締めを飾るのは、新国立劇場でもお馴染みのバランシン振付『テーマとヴァリエーション』。チャイコフスキーの音楽にのせ、古典バレエの華やかさを現代に蘇らせた同傑作は、音符の一つひとつを身体で拾い上げるような緻密な振付が求められる。

幕が開いた瞬間に漂う高潔な緊張感、そして柴山紗帆と李明賢によるコンビネーションの美しさに、観客の視線は瞬く間に釘付けとなった。李はバランシン作品の中でも最高難度を誇る男性ソロを軽やかに踊り切り、柴山は音の粒を慈しむような正確なポアントワークを披露。その無比のテクニックと凛とした気品は、プリンシパルとしての風格を漂わせていた。

一糸乱れぬ規律と宮廷のような華やぎを魅せた群舞(コール・ド・バレエ)も圧巻だ。ポロネーズが導くフィナーレでは、男性の力強いステップと女性の華麗なポーズが重なり合い、祝祭感あふれる最高潮の瞬間を現出させた。

トリプル・ビルの醍醐味


新国立劇場バレエ団「バレエ・コフレ 2026」
『テーマとヴァリエーション』撮影:鹿摩隆司
Theme and Variations
Choreography by George Balanchine © The George Balanchine Trust

珠玉のバレエ、豪華三本立てが連続することで、観客は演目ごとに空気感が変わる贅沢な時間を享受。ダンサーたちは、それぞれの作品で個性を発揮しながら、プログラム全体を彩っていた。

新制作の『ファイヴ・タンゴ』では、新国立のダンサーたちが世界レベルの振付に挑み、ピアソラ音楽の情熱と変則的なシンコペーションを見事に体現した。『A Million Kisses to my Skin』は、昨年よりも踊りのスケールが大幅にアップし、観る者に強烈な印象を残した。

■2025/2026シーズン
新国立劇場バレエ団「バレエ・コフレ 2026」
A Million Kisses to my Skin/ファイヴ・タンゴ<新制作>/テーマとヴァリエーション

公演日時:2026年2月7日(土)18:00
会場:新国立劇場 オペラパレス

STAFF&CAST:

『A Million Kisses to my Skin』

【振付】デヴィッド・ドウソン
【音楽】ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
【美術】デヴィッド・ドウソン
【衣裳】竹島由美子
【照明】バート・ダルハイゼン

直塚美穂、渡邉峻郁

『ファイヴ・タンゴ』

【振付】ハンス・ファン・マーネン
【音楽】アストル・ピアソラ
【美術・照明】ハンス・ファン・マーネン
【衣裳】ジャン=パウル・フローム

小野絢子、福岡雄大

『テーマとヴァリエーション』

【振付】ジョージ・バランシン
【音楽】ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
【美術】牧野良三
【衣裳】大井昌子
【照明】磯野 睦

柴山紗帆、李明賢

【指揮】冨田実里
【管弦楽】東京交響楽団
【ピアノ】高橋優介(A Million Kisses to my Skin)

バレエ・コフレ 2026
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