新国立劇場《リゴレット》は、余計な虚飾を排することで、作品の骨格を鮮やかに浮かび上がらせた上演であった。イタリア・オペラの伝統と真価を重んじた音楽作りは、過度な劇的誇張を排し、ヴェルディが楽譜に刻み込んだ悲劇的な美しさを真っ直ぐに聴き手へ届けた。

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ミラノ生まれで、ミラノ・スカラ座管弦楽団の奏者という経歴を持つ指揮者ダニエレ・カッレガーリ。流動的なテンポと抑制の効いた響きによって、ベルカントの伝統的な旋律美に見事な息吹を吹き込んだ。音楽が沈黙すべき静寂と、激情が噴出するドラマを的確に描き分けることで、立体的かつ新鮮な《リゴレット》像を鮮やかに描き出した。
ストヤノフ、理想的リゴレット像を体現

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
タイトルロールを務めたのは、ヴェルディ・バリトンとして国際的に評価されるウラディーミル・ストヤノフ。リゴレットは、声の重量感、鋭い表現力、そして父としての慈愛を兼ね備えねばならない難役であり、多くのバリトンが最終的に目指す役柄。
ストヤノフは流麗なレガートと巧みな弱音表現を駆使し、感情の陰影を丹念に描いた。第2幕「悪魔め、鬼め!」では怒りを爆発させるのではなく、声の色彩変化によって内面の煩悶を表現。第3幕、復讐の歓喜から娘の死に直面する絶望への転落では、ヴェルディの人間劇の深みを存分に味わわせた。

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
中村恵理、成熟と清澄を兼ね備えたジルダ

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ジルダを歌った中村恵理は、近年の声の成熟を感じさせつつ、少女らしい透明感も失わない絶妙なバランスを披露した。伸びやかな高音と繊細なフレージングが印象的で、技巧的装飾を排した「慕わしき人の名は」は、夢想に耽る少女ではなく、初めて抱いた恋心に戸惑いながらも、それを自らの運命として受け入れようとする一人の女性の覚悟を感じさせた。
特に特筆すべきは、第2幕のリゴレットとの二重唱から終幕にかけての劇的な深化である。自然体でありながら自在なコントロール。役と一体化した佇まいが舞台上での存在感を高め、終幕の自己犠牲の場面では、父への愛と自らの決断を貫く「静かな強さ」が、より純粋な悲劇として胸を打った。

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ブラウンリー、ヴェルディへの新境地

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
マントヴァ公爵を演じたのは、ロッシーニ解釈で知られるテノール、ローレンス・ブラウンリー。第2幕のアリア「頬の涙は」以降、その軽やかでスタイリッシュな歌唱が作品の方向性と見事に噛み合った。ヴェルディが本来求めた、重すぎない、しかし品格と軽薄さを併せ持つテノール像が、ブラウンリーの声質によって体現されていた。
慣習的な高音付加を避けたことで、楽天的で自己中心的な公爵像が音楽的に明瞭化。結果として、リゴレットの苦悩との対比がより鮮烈となった。
充実の脇役陣とアンサンブルの完成度

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
スパラフチーレの斉木健詞は、鋭利でシャープなバスが殺し屋の冷酷さを体現。マッダレーナの清水華澄も豊かな響きと妖艶な表現で舞台を引き締めた。モンテローネの友清崇ら実力派が揃い、アンサンブルの水準は非常に高い。
合唱は新国立劇場合唱団、管弦楽は東京交響楽団。抑制と緊張感を保った響きが、舞台全体の統一感を支えた。
演出――孤独を浮かび上がらせる名舞台

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
演出はエミリオ・サージ。陰影を湛えた美しい舞台美術は、登場人物の孤独をより際立たせる。奇をてらわず音楽を中心に物語を展開する手法は、「楽譜尊重」の音楽作りと見事な相性を見せた。
本公演は、外面的な効果に頼ることなく、ヴェルディの意志を信じ抜くことで成立した《リゴレット》であった。歌手、合唱、オーケストラ、そして演出が同じ方向を向いたとき、作品は鮮烈な人間劇として立ち現れる。名歌手たちの競演とともに、作品の真価を再発見させてくれた白熱の上演であった。
■新国立劇場 2025/2026シーズンオペラ
ジュゼッペ・ヴェルディ「リゴレット」
Rigoletto / Giuseppe Verdi
全3幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉
日時:2月23日(月・祝)14:00
会場:新国立劇場 オペラパレス
STAFF
【指 揮】ダニエレ・カッレガーリ
【演 出】エミリオ・サージ
【美 術】リカルド・サンチェス・クエルダ
【衣 裳】ミゲル・クレスピ
【照 明】エドゥアルド・ブラーボ
【振 付】ヌリア・カステホン
CAST
【リゴレット】ウラディーミル・ストヤノフ
【ジルダ】中村恵理
【マントヴァ公爵】ローレンス・ブラウンリー
【スパラフチーレ】斉木健詞
【マッダレーナ】清水華澄
【モンテローネ伯爵】友清 崇
【ジョヴァンナ】谷口睦美
【マルッロ】成田博之
【ボルサ】糸賀修平
【チェプラーノ伯爵】吉川健一
【チェプラーノ伯爵夫人】十合翔子
【小姓】網永悠里
【牢番】三戸大久
ほか
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団
Production of ABAO Bilbao Opera


