ベルリン・フィルハーモニーにおいて、キリル・ペトレンコ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による、グスタフ・マーラー《交響曲第8番 変ホ長調「千人の交響曲」》が上演された。舞台上から客席の一部にまで広がった演奏陣は、オーケストラ、8人の独唱者、複数の合唱団と児童合唱団を合わせ約350名。空間そのものが音楽に占拠される祝祭的な一夜となった。

Picture: Monika Rittershaus
明晰さを貫いた第1部 ― 創造の賛歌としての「Veni, creator spiritus」
ラテン語賛歌《来たれ、創造主たる聖霊よ》による第1部は、巨大編成にもかかわらず、驚くほど引き締まった造形で始まった。ペトレンコは、力任せの高揚や過剰な音量に溺れることなく、合唱交響的テクスチュアを精緻に制御し、各声部の線を鮮明に浮かび上がらせる。
特に印象的だったのは、推進力に満ちたテンポ感とバランス感覚である。合唱、独唱、オーケストラが強固なアンサンブルのもとに一体化し、巨大な音響の奔流の中でも「卓越した明瞭さ」が保たれていた。終結部に向かう高揚は節度を保ちながらも確かな緊張感を孕み、創造のエネルギーが集団的衝動として立ち上がる瞬間を鮮烈に描き出した。
「純粋な魔法」が広がる第2部 ― ゲーテ『ファウスト』終幕の音楽
第2部は、ゲーテ『ファウスト 第二部』終場面に基づく、内省的かつ形而上的な世界。無音に近い合唱から、ペトレンコは音楽を語らせることに徹し、細部のニュアンスを丹念に積み重ねていく。 ここでは、ベルリン・フィルの室内楽的な精度が真価を発揮した。木管楽器の機微に富んだ色彩と、透明度の高い弦の重なり。そして、地上の苦悩から天上の救済へと向かう「神秘の合唱」へのプロセスは、音による浄化の儀式であった。
ソリスト、合唱、そしてオーケストラ

Picture: Monika Rittershaus
8人の独唱者はいずれも高い水準を示し、とりわけジャクリン・ワーグナーの輝かしい高音、フルール・バロンの深みのあるメゾソプラノ、キム・ギフンの堂々たるバリトンは、作品の精神性を確かな存在感で支えた。

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ベルリン放送合唱団、ザルツブルク・バッハ合唱団、ベルリン国立大聖堂少年合唱団はいずれも万全の準備を感じさせ、巨大編成の中でも柔軟性と表現力を失わなかった。
建築家のような視点での構築美
マーラーは「交響曲とは、一つの世界を構築することである」と語ったが、ペトレンコはまさにその言葉通り、建築家のような視点でこの作品を組み上げた。誇張や陶酔に流れることなく、対比と構造を明確にすることで、《第8番》がしばしば抱えがちな一枚岩的印象を打ち破り、流動的で多層的な音楽世界を提示した。
終結部で鳴り響いた歓喜は、秩序と解放が共存する輝きだった。演奏終了と同時に沸き起こったスタンディングオベーションは、壮観な演奏が聴衆に強い印象を残したことを雄弁に物語っていた。

Picture: Monika Rittershaus
■ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
日時:2026年1月17日(土)
会場:ベルリン・フィルハーモニー(Berliner Philharmonie)、ドイツ
指揮:キリル・ペトレンコ
曲名:
グスタフ・マーラー
交響曲第8番変ホ長調《千人の交響曲》
出演:
ジャクリン・ワーグナー(ソプラノ/罪深き女)
ゴルダ・シュルツ(ソプラノ/懺悔する女)
ジャスミン・デルフス(ソプラノ/栄光の聖母)
ベス・テイラー(アルト/サマリアの女)
フルー・バロン(メゾソプラノ/エジプトのマリア)
ベンヤミン・ブルンス(テノール/マリア崇敬の博士)
キム・ギフン(バリトン/彭越の教父)
ル・ブ(バス/瞑想する教父)
ベルリン放送合唱団
ギース・レーンナールス(合唱指揮)
ザルツブルク・バッハ合唱団
ミヒャエル・シュナイダー(合唱指揮)
ベルリン国立大聖堂少年合唱団
カイ=ウーヴェ・イールカ(合唱指揮)
ケリー・スンディン=ドニヒ(合唱指揮)



