藤原歌劇団 『妖精ヴィッリ』『カヴァレリア・ルスティカーナ』40年ぶりのダブルビル上演

藤原歌劇団にとって、プッチーニ《妖精ヴィッリ》とマスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》を組み合わせたダブルビル公演は、40年ぶりの上演となった。


写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会(撮影:池上直哉)

ともにイタリア・オペラの系譜に連なる作品でありながら、前者はロマン的幻想性を湛えた若きプッチーニの出世作、後者はヴェリズモ・オペラの原点ともいえる濃密な悲劇である。本公演は、この二作に共通する「道を踏み外した男と、その裏切りによって運命を狂わされる女性」という主題を描き出した名作だった。

【初日組】

《妖精ヴィッリ》

初日公演でアンナを歌った砂川涼子は、第一幕では切なさを湛えた繊細な歌唱で、婚約者を信じながらも不安を抱える若い女性の心情を丁寧に表現した。第二幕では情念がこもった歌唱を披露し、歌に対する類まれな集中力は聴き手に印象づけた。


写真提供:公益財団法人日 本オペラ振興会(撮影:池上直哉

ロベルトの澤﨑一了は、伸びのよいテノールで、開放感と力強さを併せ持つ歌唱を披露した。若さと未熟さ、そして悔悟へ至る過程を自然に浮かび上がらせた。

アンナの父グリエルモを歌った岡昭宏は、響きの良いバリトンで、娘を失った父の悲嘆を誠実に描写した。語り役の豊嶋祐壹は、バリトン歌手ならではの充実した声を生かしたイタリア語朗読で、作品全体に重層的な陰影を与えていた。

《カヴァレリア・ルスティカーナ》

《ヴィッリ》に続いて上演された《カヴァレリア・ルスティカーナ》でも、主役陣が高い完成度を示した。

トゥリッドゥの笛田博昭は、日本を代表するテノールのとしての存在感を存分に発揮した。舞台上で歌われた冒頭のシチリアーナから、第2部の乾杯の歌、「あの酒は強いね」に至るまで、重みと伸びやかさを兼ね備えた声で客席を圧倒。終始、観客の心を震わせた。


写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会(撮影:池上直哉)

サントゥッツァの桜井万祐子は、存在感と芯の強さを感じさせる歌唱。十分な声量と確かな演技で愛と嫉妬、絶望が交錯する複雑な感情を鋭敏に描いた。トゥリッドゥとの二重唱では、ヴェリズモ・オペラにふさわしい濃密な緊張感を生じさせ、舞台は一気に白熱させた。


写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会(撮影:池上直哉)

アルフィオの井出壮志朗は、荒々しさと威圧感を備えたバリトンで、男の激情を鮮烈に表現した。

【楽日組】

《妖精ヴィッリ》

アンナを歌った迫田美帆は、澄んだ声質と高い集中力で、清純さと芯の強さを兼ね備えたヒロイン像を描き出した。第一幕では愛らしさと気丈さが自然に表現されていた。悲劇へと向かう後半でも、過度に感情を誇張することなく、静かな決意を感じさせる歌唱が印象的だった。


写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会(撮影:池上直哉)

ロベルトの所谷直生は、直線的で切れ味のよいテノールを生かし、一本気で純粋な青年像を提示した。都会での誘惑に流される弱さと、根底にある素直さが声の質感からも感じ取れ、人物像に説得力を与えていた。

グリエルモ・ウルフを歌った清水良一は、ベテランとして味わい深いバリトンを披露。娘を失った父親の悲嘆を強く観客に訴えかけた。不器用な田舎の父親像と、内に秘めた深い愛情が、歌と演技の両面からにじみ出ており、作品に確かな重心を与えていた。

《カヴァレリア・ルスティカーナ》

楽日の《カヴァレリア》では、配役替えにより音楽的・劇的なニュアンスが変化した。サントゥッツァを歌った小林厚子は透明度の高い響きを持つ声が特徴的である。通常メゾソプラノで歌われることの多い役だが、スケールの大きな歌唱により、激情と絶望は十分に伝わり、むしろ清冽さを帯びた悲劇性が際立った。


写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会(撮影:池上直哉)

トゥリッドゥの藤田卓也は、力強さと伸びやかさを兼ね備えた情熱的な歌唱が白眉。声の厚みとパワーで、破滅へ突き進む男性的なエネルギーを真正面から表現していた。


写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会(撮影:池上直哉)

アルフィオの森口賢二は、引き締まった声質で、シチリアの荒々しい男を説得力豊かに体現した。歌から漂う男臭さは役柄に非常によく合致しており、舞台に緊張感をもたらしていた。

指揮と演奏:

指揮の柴田真郁は、二つの作品を通してドラマ性に富んだ音楽づくりを展開した。《妖精ヴィッリ》では瑞々しさと推進力を、《カヴァレリア》では前奏や間奏曲における深い抒情性と、後半の緊迫した場面での鋭い間合いを巧みに描き分けている。東京フィルハーモニー交響楽団は、二つの作品の性格の違いを明確に描き分けた極めて完成度の高い演奏を聴かせた。

《妖精ヴィッリ》では、プッチーニ初期作品ならではの透明感と瑞々しさを大切にしつつ、旋律線を大きく呼吸させることで、後年のプッチーニを予感させる甘美さと叙情性を自然に浮かび上がらせていた。《カヴァレリア》第一幕のミサの場面では、合唱の重厚な響きを包み込むようにオーケストラが支え、宗教的儀式と村社会の圧力が一体となった音楽空間を作り上げていた。全体として東京フィルは、藤原歌劇団の舞台にふさわしい柔軟性と推進力を備えた、理想的なオペラ・オーケストラとしての力量を存分に示した。

合唱:

今回の公演で特筆すべきは、藤原歌劇団合唱部の安定した声量と高いアンサンブル能力である。両作品を通して、個々の声が埋もれることなく、同時に全体としてよく溶け合い、オペラ公演に不可欠な「厚みのある響き」を舞台上に作り出していた。

《妖精ヴィッリ》では、合唱は物語の背景に退くことなく、妖精(ヴィッリ)という存在を音楽的にも明確に印象づけていた。声量は十分でありながら決して重くなりすぎず、透明感のある響きが保たれていた点が印象的だった。和声のまとまりが良く、音程の安定感が高いため、プッチーニ初期作品特有の瑞々しさと幻想性を損なうことがなかった。群としての統一感が強く、舞台上での動きと歌唱が自然に結びついていた。


写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会(撮影:池上直哉)

《カヴァレリア・ルスティカーナ》では合唱は村人たちの集団として、力強く、密度の高い響きを聴かせた。冒頭から終幕に至るまで、声の芯がぶれることなく、オーケストラの響きの中でも存在感を失わなかった。ミサの場面では、厚みのある声量と整ったハーモニーによって、宗教的な荘厳さと村社会の結束力が明確に表現され、舞台全体の緊張感を大きく高めていた。

全体として藤原歌劇団合唱部は、声量・音程・バランスのいずれにおいても高い水準を維持しており、ソリスト陣をしっかりと支えると同時に、ドラマを前へと押し出す原動力となっていた。

演出:

岩田達宗の演出は、二つの作品を無理に結びつけるのではなく、観客が自然に共通点を感じ取れるよう、視覚的に分かりやすい工夫が施されていた。難解な解釈に頼ることなく、人物関係と感情の流れを視覚的に整理することに主眼が置かれており、初めてこれらの作品に触れる観客にも理解しやすい舞台を実現していた。象徴的なモチーフが繰り返し用いられることで、二作を通して観る楽しみと奥行きも十分に確保されていた。

約40年ぶりとなるこのダブルビル公演は、充実した歌手陣、柴田真郁のドラマティックな指揮、そして岩田達宗の明確で象徴性に富んだ演出が高い水準で結実した舞台となった。特に《妖精ヴィッリ》は、近年の藤原歌劇団公演の中でも際立つ完成度を示し、二作品を通してイタリア・オペラの多角的な魅力をあらためて感じさせた。


写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会(撮影:池上直哉)

■藤原歌劇団公演
『妖精ヴィッリ』『カヴァレリア・ルスティカーナ』

演目:

プッチーニ:オペラ『妖精ヴィッリ』全2幕
マスカーニ:オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』全1幕

日程:

2026年1月31日(土)14:00開演(13:00開場)
2026年2月1日(日)14:00開演(13:00開場)

会場:

東京文化会館 大ホール

出演:

『妖精ヴィッリ』

アンナ:砂川 涼子/迫田 美帆
ロベルト:澤﨑 一了/所谷 直生
グリエルモ・ウルフ:岡 昭宏/清水 良一
語り:豊嶋 祐壹(両日)

『カヴァレリア・ルスティカーナ』

サントゥッツァ:桜井 万祐子/小林 厚子
トゥリッドゥ:笛田 博昭/藤田 卓也
ルチア:牧野 真由美/米谷 朋子
アルフィオ:井出 壮志朗/森口 賢二
ローラ:丹呉 由利子/髙橋 未来子
演出:岩田達宗
指揮:柴田真郁
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:藤原歌劇団合唱部

総監督:郡 愛子
公演監督:斉田正子
副公演監督:川越塔子

合唱指揮:安部克彦
美術:松生紘子
衣裳:下斗米大輔
照明:大島祐夫
舞台監督:菅原多敢弘
副指揮:諸遊耕史、松村優吾
演出助手:手塚優子

妖精ヴィッリ & カヴァレリア・ルスティカーナ〈東京〉 | JOF 公益財団法人日本オペラ振興会