ロサンゼルス・フィルハーモニックが音楽・芸術監督グスターボ・ドゥダメルとともに来日した。韓国・台湾を含むアジア・ツアーの一環で、日本公演はこの日と翌日の2回のみ。
2025/26シーズンをもって音楽監督を退任し、翌シーズンからニューヨーク・フィルの音楽監督に就任するドゥダメルにとって、ロス・フィルとの最後の来日舞台である。その節目を飾るべく用意されたプログラムは、現代アメリカ音楽とロシア・バレエ音楽の二大柱。ドゥダメルが築いてきた“21世紀のロス・フィル・サウンド”を象徴する内容となった。
アダムズ「Frenzy」――緻密な構築と精鋭アンサンブルの妙
オープニングを飾ったのは、ジョン・アダムズの新作《Frenzy》。
金管、打楽器、弦が立体的に絡み合う20分の短い交響曲で、複雑なリズムと音の重なりが精密に織り込まれている。
ドゥダメルは冒頭から集中力に満ち、細部のバランスを徹底してコントロール。
ロス・フィルの精緻なアンサンブル能力を最大限に引き出し、アダムズ独特の知的な“アメリカの響き”を鮮やかに描き出した。ホール全体に澄み渡る響きは圧巻で、日本初演にふさわしい完成度の高い演奏となった。
《火の鳥》――艶やかに舞う、色彩の絵巻
Photo: (C)Junichiro Matsuo
《火の鳥》では、ドゥダメルは譜面を置き、全身のジェスチャーで音楽を造形する。
緩急自在の指揮姿は、まるで舞踏のようにしなやかでありながら、各パートへの指示は驚くほど的確である。
序奏の暗い霧の中から立ち上がる弦群の微妙な陰影、そして「火の鳥の踊り」への流れには、彼ならではの劇的感性が息づいていた。ファゴットの「子守歌」は絶品。深い陰影を帯びた音色がホールの静寂を包み込み、終曲「凱旋の踊り」ではロス・フィル特有の華やかで力強いブラス・サウンドが炸裂した。各奏者の自発性と指揮者の統率力が高次で融合した、完成度の高い《火の鳥》であった。
《春の祭典》――圧倒的エネルギー、極限のスリル
Photo:(C)Junichiro Matsuo
後半はストラヴィンスキー《春の祭典》。ドゥダメルはこの大曲を完全に暗譜で指揮し、音楽への全身的な没入を見せた。ドゥダメル指揮は、緻密な計算の上に成り立つダイナミズム。大きな身振りを用いながらも、オーケストラを常に確実に導く。指揮ぶりはテンポの提示にとどまらず、音楽の呼吸そのものを体現。
身体のうねり、目線の合図──すべてがロス・フィルの楽員たちに伝播し、ステージ全体を一つの有機的な生命体へと変えていた。ドゥダメルがオーケストラを育て上げてきた17年の軌跡を象徴しているようだった。
強烈なリズムのうねり、炸裂する金管、精密な打楽器群──すべてがドゥダメルのカリスマ的エネルギーのもとに結集した。第2部「選ばれし生贄への讃美」以降の展開は圧巻で、緊張感の途切れないまま頂点へと駆け上がっていく。
サントリーホールに響いた最後の和音が消えた瞬間、静寂の中にロサンゼルスの風が吹き抜けた。
その響きは、ハリウッドの煌めきと西海岸の自由を併せ持ち、ドゥダメルとロス・フィルが築き上げた“都市の音”──LAの魂そのものだった。
■グスターボ・ドゥダメル指揮
ロサンゼルス・フィルハーモニック来日公演
日程：2025年10月24日(金) 19:00開演
会場：サントリーホール
出演：
指揮：グスターボ・ドゥダメル
ロサンゼルス・フィルハーモニック
プログラム：
J. アダムズ：Frenzy（狂乱）[日本初演]
ストラヴィンスキー：バレエ組曲『火の鳥』(1919年版)
ストラヴィンスキー：バレエ音楽『春の祭典』
Los Angeles Philharmonic Japan Tour with Gustavo Dudamel
The Los Angeles Philharmonic, led by Music & Artistic Director Gustavo Dudamel, performed two concerts in Japan as part of its Asia tour, which also included stops in Korea and Taiwan. This visit marked Dudamel’s final Japan appearance with the orchestra before stepping down at the end of the 2025–26 season and assuming the post of Music Director of the New York Philharmonic.
Program Overview
The concerts reflected two central pillars of Dudamel’s tenure — modern American music and Russian ballet masterpieces — embodying the distinctive “21st-century LA Phil sound” he has cultivated.
John Adams: Frenzy (Japan premiere)
The program opened with Adams’s 20-minute symphonic work Frenzy. Dudamel led with exceptional precision and focus, showcasing the orchestra’s clarity and ensemble prowess. The performance vividly captured Adams’s intellectual, distinctly American sound.
Stravinsky: The Firebird (1919 Suite)
Conducting without a score, Dudamel sculpted the music through expressive gestures, combining elegance with exact control. The Firebird featured glowing orchestral colors, a sublime bassoon “Lullaby,” and a triumphant, radiant finale. It exemplified the unity between conductor and orchestra.
Stravinsky: The Rite of Spring
In the second half, Dudamel conducted The Rite of Spring entirely from memory, displaying total immersion and command. The performance surged with energy, precision, and visceral excitement. Every gesture and glance connected the players into a single organic force, symbolizing the deep artistic bond forged over Dudamel’s 17 years with the LA Phil.
As the final chord faded in Suntory Hall, a silence lingered — a moment charged with the vibrant spirit of Los Angeles itself: a fusion of Hollywood brilliance and West Coast freedom.
Concert Details:
Date: October 24, 2025
Venue: Suntory Hall, Tokyo
Conductor: Gustavo Dudamel
Orchestra: Los Angeles Philharmonic
Program:
John Adams: Frenzy (Japan premiere)
Igor Stravinsky: The Firebird (1919 Suite)
Igor Stravinsky: The Rite of Spring
