ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団「名曲全集」第215回は完売公演となり、客席には牛田智大の演奏を待ちわびる聴衆の熱気が満ちていた。本公演の中心となったのは、モーツァルトのピアノ協奏曲第26番《戴冠式》。牛田がこの名作にどう向き合うのか、注目が集まった。

(C):池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮は川瀬賢太郎、前半はモーツァルト、後半にメンデルスゾーンという王道プログラムが披露された。
モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》序曲

(C):池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
序曲は躍動感のあるリズムを基調に、内声部の木管を丁寧に浮かび上がらせる演奏。川瀬の指揮は明確な推進力を持つ一方、モーツァルト特有の旋律のしなやかな連なりを描写していた。
モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番《戴冠式》

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第1楽章:揺るぎない構築力と透明なタッチ

(C):池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
オーケストラの堂々たる導入を受けて登場した牛田のピアノは、第一音から明晰で、音の粒立ちの美しさが際立つ。進行も極めて自然で、転調を重ねるフレーズにおいても音楽の流れが滞ることはない。
指の動きはしなやかで、技巧が前面に出ることはなく、あくまで音楽の構築に奉仕している。川瀬賢太郎の指揮する東京交響楽団も、ピアノの呼吸を丁寧に受け止め、協奏曲にふさわしい均衡の取れたアンサンブルを築いた。華美に走らず、作品そのものの品格を尊重した解釈が印象的である。
第2楽章:内省的な歌心
アンダンテ・コン・モートでは、牛田の音楽的成熟がより明確に表れた。テンポは落ち着いており、一音一音がよく磨かれている。旋律は過度に感情を誇張することなく、静かな内省を湛えながら進んでいく。
この楽章での牛田のピアノは、若き日の瑞々しさとは異なる、深い呼吸を感じさせた。オーケストラとの対話も自然で、ピアノが歌い、管弦楽がそれを包み込むような関係性が保たれていた。
第3楽章:軽やかさと確信

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終楽章では、軽快なテンポの中で牛田の確かな技術が存分に発揮される。高速パッセージでも音が濁ることはなく、特に左手の跳躍やクロス奏法は鮮やかで、聴き手に安心感と爽快感を与える。
祝祭的な性格を持つこの楽章を、過度に煽ることなく、あくまで端正にまとめ上げた点に、牛田の美意識が感じられた。川瀬と東響も、ソリストの音を尊重し、全体を一つの完成された造形として提示した。
アンコール《トロイメライ》に凝縮された詩情
大きな拍手に応えて演奏されたアンコールは、シューマン《子供の情景》より《トロイメライ》。協奏曲以上に親密で、牛田の詩的感性が凝縮された演奏だった。
高音と低音の和声バランスは美しく、旋律は自然な呼吸をもって紡がれる。派手さはないが、静かな余韻が客席に深く残る、印象的な一曲となった。
メンデルスゾーン:交響曲第4番《イタリア》

(C):池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
後半に演奏されたメンデルスゾーンの交響曲第4番《イタリア》では、川瀬賢太郎と東京交響楽団の持ち味である明晰なアンサンブルと、晴朗な音色が存分に発揮された。無理に厚みを誇張せず、作品の軽やかさと透明感を大切にしたアプローチが貫かれていた。
第1楽章は、主題を流麗に歌わせることに重きを置いた解釈。テンポは安定し、弦楽器を中心としたアンサンブルが明快に形を成す。随所に挟まれる木管の彩りも自然で、全体に明るく開放的な響きが広がった。
アタッカで入る終楽章では、一転して跳躍的なリズムが前面に押し出される。急速なテンポの中でもアンサンブルは崩れず、舞曲的なエネルギーが爽快に展開された。過剰に煽ることなく、最後まで明晰さを保った演奏は、作品を健全な喜びを展示していた。
今回の名曲全集は、牛田智大の端正で成熟したピアノと、川瀬賢太郎指揮・東京交響楽団による晴朗な《イタリア》が好対照を成し、コンサート全体に高い完成度と満足感をもたらした。

(C):池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
■ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団
名曲全集第215回
日時:2026.2.1(日) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:
指揮:川瀬賢太郎
ピアノ:牛田智大
管弦楽:東京交響楽団
曲目:
モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第26番 ニ長調 K.537「戴冠式」
メンデルスゾーン:交響曲 第4番 イ長調 op.90 「イタリア」



