日本発グランドオペラの決定版「静と義経」の楽日組ゲネプロと初日組本公演を東京文化会館で観た。歌劇『静と義経』は、1993年鎌倉芸術館の開館記念委嘱作品として三木 稔作曲にて製作されたもので、義経への想いを貫き通す静御前の生涯を描いた、悲しくも華々しい日本発のグランドオペラ。
写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会
武士が権力を握った時代を象徴する歴史上の数々の登場人物に加え、様式美も感じさせるドラマティックな構成と音楽により、壮美なグランドオペラとして仕上がっていた。
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2019年3月に新宿文化センターでの東京初演語、6年の時を経て、今回は新たなプロダクションとして生まれ変わり、演出は、文芸座の演出を務める生田 みゆきが日本オペラ協会に初登場した。
【楽日組 ゲネプロ】
静の相樂和子は、高音員の響きが美しく、叙情性ある歌を披露。第二場舞い殿では、アリア「賤のおだまり」で情緒溢れる歌と舞を披露し、観客の心を掴んでいた。
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源義経の海道弘昭は、力強く若々しく鮮やかな声を披露。静に「お腹の中にやや(子)がおります」と告白され、喜び歌った冒頭のアリア「わしがこの世で愛した女」では、張りがある美声で再び遭える日を静に誓った。
第二幕の幕開きに歌われる群衆や白拍子たちのにぎやかな合唱は、《梁塵秘抄》の流行歌を基にしたもので、当時の町の様相を伝えてくれた。
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頼朝の村松恒矢は、立ち姿が威厳に満ち、鎌倉殿に相応しい演技が独特のオーラを醸し出していた。政子に愛娘・大姫が死んだことが告げられ、「わしをひとりにしてくれい」と述べてからアリア「悪は滅んだといってみたが」を歌唱。為政者が持つ苦しい心情を深く、強弱をつけた声で均質に響かせていた。
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平尾啓は源頼朝の雑色である安達清経役を好演。文治2年(1186年)、男児が生まれた静御前の前に頼朝の使いとして表れ、静の赤子を持ち去る辛い役柄を演じた。平尾は「わしとて木石ではない」とよく通る声で熱唱。悲劇的シーンを際立たせる演技で舞台の集中力を高めていた。
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静と藤次夫妻が、鎌倉の由比ヶ浜で死にゆく赤子の魂に向け、三重唱「静の子守歌」を歌い、「ねんねんころりよ、おころりよ」と唱和し、観客の涙を誘った。
【初日組 本公演】
静御前役を歌唱した砂川涼子は、静の持つ清らかさと可憐さとを持ちつつも、義経への熱き想いをまろやかに響く完璧なソプラノで歌唱。鎌倉・鶴岡八幡宮の舞殿で白拍子静が舞い詠った場面は、日本史上、燦然と輝く名場面の一つである。鎌倉時代の正史で北条得宗家の記録・伝承とされる「吾妻鏡」によると、そのあでやかな美しさは、居並ぶ幕府の者たちを大いに感動させたと伝えられている。
写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会
静御前は、後白河法皇から「日本一の白拍子」と称された京都を代表する白拍子だが、日本を代表するソプラノである砂川の佇まいの善さと装飾歌唱が冴えわたっていた。
義経の澤崎 一了は、端正で力強い歌唱。響きが均質で美しく、メリハリある発声が義経役にふさわしい。第五場「吉野山 愛のまぼろし」では、義経を待ち続けた静に「参るぞ!」と力強く呼びかけ、観客の涙と感動を誘った。
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頼朝の須藤慎吾は、演技と存在感が秀逸。第3幕のアリアでは鎌倉殿が持つ非情と複雑な心境を真摯に歌唱し、注目を浴びた。
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弁慶の江原啓之は、張りのある声とオーラある演技が印象的だった。静の母、磯の禅師の鳥木弥生は、生まれたばかりの孫を抱きかかえながらも、孫の命を死に物狂いで守ろうとする場面のリアルさと必死さに感涙。
写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会
第3幕のアリア「都へ帰りましょう」の歌唱も心の琴線に触れるものだった。
写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会
頼朝の娘である大姫は芝野遥香が歌った。芝野は華やかな姫役を好演。快活で多彩な演技表現、明るく美しいソプラノと洗練されたフレージングが印象に残った。
音楽は、通常のオーケストラに二十絃筝や鼓などが組み込まれた和洋特別編成。田中祐子指揮 東京フィルハーモニー交響楽団の演奏は、和楽器と緊張感がある世界観を創出。希代のスーパースター源義経とその愛妾・静御前の情熱的で悲劇的な愛を日本の伝統文化を感じさせる音楽でドラマティックかつ優雅に描いた。
日本人の心の琴線に触れる題材の日本語歌劇の決定版「静と義経」は、終演後、満員の観客の感動と覚醒を呼び起こした。割れんばかりの拍手喝采とスタンディングオベーションが出演者全員に贈られた。
写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会
■日本オペラ協会公演 日本オペラシリーズNo.87
《静と義経》全3幕
なかにし礼 作・台本/三木稔作曲
字幕(日本語/英語)付き日本語上演
公演日時:2025年3月8日(土)、9日(日)
14:00開演
会場:東京文化会館 大ホール
STAFF:
合唱指揮:諸遊耕史
美術:鈴木 俊朗
衣裳:坂井田 操
照明:矢口 雅敏
振付・所作:出雲 蓉
舞台監督:八木 清市
副指揮:平野桂子、鏑木蓉馬
演出:生田 みゆき
演出助手:伊奈山 明子
CAST:
3月8日(土)初日組・3月9日(日)楽日組
静:砂川 涼子 相樂 和子
義経:澤崎 一了 海道 弘昭
頼朝:須藤 慎吾 村松 恒矢
弁慶:江原 啓之 杉尾 真吾
磯の禅師:鳥木 弥生 城守 香
政子:川越 塔子 家田 紀子
大姫:芝野 遥香 別府 美沙子
梶原景時:持木 弘 角田 和弘
和田義盛:川久保 博史 勝又 康介
大江広元:三浦 克次 中村 靖
佐藤忠信:和下田 大典 竹内 利樹
伊勢三郎:琉子 健太郎 濱田 翔
片岡経春:山田 大智 龍 進一郎
安達清経:黄木 透 平尾 啓
堀ノ藤次:別府 真也 江原 実
藤次の妻:きのした ひろこ 吉田 郁恵
合唱 日本オペラ協会合唱部
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:田中 祐子
主催:公益財団法人日本オペラ振興会、公益社団法人日本演奏連盟
都民芸術フェスティバル主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団
