【研究成果のポイント】
尿路結石症※1は今や10人に1人が発症する病気にもかかわらず、その発生メカニズムも解明されておらず、有効な予防法も多量の飲水しかない。同じ人に何回も再発したり、家族内で発生することから、「遺伝」が関係する可能性があると言われているが、堅い結石の中の情報を読み取ることはこれまでの技術では不可能であった。
尿路結石の形成に深く関わる3種類のタンパク質を例として、結石内部における各タンパク質の局在状態をマイクロメートルスケールで可視化する技術を世界で初めて開発した。
尿路結石に含まれる結晶やタンパク質等の有機分子の分布状況から、結石の形成過程が詳しく読み解けることが期待されていた。しかし、サンプル成形の難しさなどもあり、結石内部に局在する各種タンパク質の分布の違いは可視化できなかった。著者らは、尿路結石の成形技術として、鉱物学・岩石学で一般的に用いられる薄片※2技術を導入した。これにより結石が含むタンパク質成分や結晶の成分、組織を極限まで維持したサンプルの成形が可能となり、さらにサンプルをごく微少量溶かすことで、3種類のタンパク質について蛍光免疫染色※3に成功、それぞれの局在状態の可視化に成功した。
今後、尿路結石中に含まれているタンパク質の分布状況と、その周辺の結晶の状態(結晶相、大きさ、形、組織など)の関係を詳しく調べることで、尿路結石を大きく固くしてしまうタンパク質の特定が期待できる。将来的には、手術治療しか手立てが無かった尿路結石に対して、これまで不可能と言われ続けてきた『結石溶解療法』に繋がる発見も期待され、「すべての人に健康と福祉を」のSDGsで高齢化社会に大きく貢献する。
❖ 概要
大阪大学高等共創研究院(大学院工学研究科兼任、京都府立大学特任准教授兼任)の丸山美帆子准教授、名古屋市立大学大学院医学研究科 大学院生の田中勇太朗臨床研究医(博士課程 腎・泌尿器科学分野)、名古屋市立大学大学院医学研究科の岡田淳志准教授(腎・泌尿器科学分野)らの研究グループは、尿路結石の形成に深く関わる3種類のタンパク質(オステオポンチン※4、プロトロンビンフラグメント1※5、カリグラニュリンA※6)を例として、結石内部における各タンパク質の局在状態をマイクロメートルスケールで可視化する技術を世界で初めて開発しました。
尿路結石は90%以上を無機成分、残りの0.1~10%程度を100種類以上のタンパク質等の有機成分が構成しています。結石に含まれる結晶の状態(結晶の種類、結晶構造、粒径分布など)は患者の尿環境を直接的に反映しており、さらにタンパク質は結晶の成長に大きく影響します。これまでにも、何らかのタンパク質が結石形成を加速する可能性が示唆されてきましたが、多種類のタンパク質がそれぞれどのように結石内に局在をするのかを調べる方法が無く、結石形成過程における各タンパク質の働きは十分に明らかではありませんでした。
図1 尿路結石内に分布する3種類のタンパク質局在の様子。(a)3つのタンパク質の像を重ね合わせたもの. (b)オステオポンチンの分布. (c)プロトロンビンフラグメント1の分布.(d)カリグラニュリンAの分布.
図1 尿路結石内に分布する3種類のタンパク質局在の様子。(a)3つのタンパク質の像を重ね合わせたもの. (b)オステオポンチンの分布. (c)プロトロンビンフラグメント1の分布.(d)カリグラニュリンAの分布.
今回、本研究グループは、尿路結石内の様々なタンパク質の局在状態を可視化するために、尿路結石の成形技術として、鉱物学・岩石学で一般的に用いられる薄片技術を導入しました。薄片技術の最適化により、尿路結石が含むタンパク質成分や結晶の成分、組織を極限まで維持したサンプルの成形が可能となりました。さらに、尿路結石薄片に含まれるタンパク質に対して、がん検査などで用いる手法と同様に特定のタンパク質に対する抗体を反応させることで、異なる3種類のタンパク質を同時に蛍光免疫染色することに成功し、それぞれの局在状態の可視化が実現しました。
今回観察対象としたタンパク質は、尿路結石の形成に深く関わる3種類のカルシウム結合タンパク質(オステオポンチン、プロトロンビンフラグメント1、カリグラニュリンA)。3つのタンパク質の局在の違いと、尿路結石を構成する結晶の種類や組織との関係性を詳しく調べることで、各タンパク質が尿路結石形成に与えた影響を詳しく議論することができるようになりました。このタンパク質局在の可視化法は、多種多様なタンパク質の可視化に適用可能です。そして、これまで明らかでなかった尿路結石の形成メカニズムが詳しく解明されることが期待されます。将来的にはそのメカニズムに基づいた新しい予防法やこれまで不可能と考えられてきた結石溶解療法の開発治療法の開発が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、8月26日(木)18時(日本時間)に公開されます。
❖ 研究の背景
尿路結石症は猛烈な痛みを伴い、敗血症や腎不全などの合併症を併発すれば死に至る恐ろしい疾病である上に、生涯罹患率10%以上、再発率が50%以上という深刻な状況にあります。結石のもっとも有効な再発予防法は「水分をしっかり摂ること」であり、これは約2000年前から全く変わっていません。尿路結石は90%以上を無機成分、残りの0.1~10%程度を、100種類以上のタンパク質等の有機成分が構成しています。尿路のどこかで結晶が核形成して成長し、凝集、最後は固化するという流れが現在分かっている結石形成メカニズムの大筋ですが、各過程がどのような機構で進行するのか、そしてどのタンパク質がこの凝集や固化を促すのかなどの詳細は不明なままで、これが根本的な予防法や治療法が開発できない背景にあります。
結石に含まれる結晶の状態(結晶の種類、結晶構造、粒径分布など)は患者の尿環境を直接反映しており、さらに結石成長に関わるタンパク質も内部に分布しているため、丸山美帆子准教授らは、結石そのものが体内での結石形成イベントを“記録”していると考えました。そして、岩石や隕石の研究で用いられる手法を導入して結石の分析を行い、そこから結石の形成過程を明らかにしようと着眼し、2018年に岡田淳志准教授らとともに名古屋市立大学、大阪大学、東北大学、京都府立大学、名古屋工業大学、国立科学博物館、産業技術総合研究所、田尻薄片製作所など多岐にわたる組織・分野からの研究者と共にMETEOR(Medical and Engineering Tactics for Elimination Of Rocks) PROJECTを立ち上げました。
田中勇太朗臨床研究医、丸山美帆子准教授、岡田淳志准教授、古川善博准教授(東北大学大学院理学研究科)、門馬綱一研究主幹(国立科学博物館)らを中心として、尿路結石を薄片化する技術の開発、結石内部の複数のタンパク質をそれぞれに蛍光免疫染色する手法の最適化を行い、尿路結石内に分布する複数のタンパク質の局在の様子が可視化できるようになりました。プロジェクト開始後わずか3年で、今後の尿路結石研究の未来を大きく変える本成果が達成されました。
❖ 本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、尿路結石中に含まれている様々なタンパク質の局在分布が可視化できるようになります。結石を構成する結晶の状態(結晶相、大きさ、形、組織など)とタンパク質分布の関係を詳しく調べることで、尿路結石を大きく固くしてしまうタンパク質の特定が期待されます。将来的にはそのメカニズムに基づいた新しい予防法やこれまで不可能と考えられてきた結石溶解療法の開発治療法の開発が期待され、「すべての人に健康と福祉を」のSDGsで高齢化社会に大きく貢献します。
❖ 特記事項
本研究成果は、2021年8月26日(木)18時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されます。
タイトル:“Multicolor imaging of calcium-binding proteins in human kidney stones for elucidating the effects of proteins on crystal growth”
著者名:Yutaro Tanaka, Mihoko Maruyama*, Atsushi Okada*, Yoshihiro Furukawa, Koichi Momma, Yuki Sugiura, Rie Tajiri, Koichi P. Sawada, Shunichi Tanaka, Kazufumi Takano, Kazumi Taguchi, Shuzo Hamamoto, Ryosuke Ando, Katsuo Tsukamoto, Masashi Yoshimura, Yusuke Mori, Takahiro Yasui
DOI:10.1038/s41598-021-95782-1
なお、本研究は、JSPS科学研究費・挑戦的研究萌芽(No. 19K22965 、20K21658)、上原記念生命科学財団研究助成金、愛知腎臓財団、武田科学振興財団、コニカミノルタ科学技術振興財団、日本学術振興会(18J40134)、資生堂女性研究者サイエンスグラント、兵庫・関西キャタピラーSTEM賞、大阪大学研究支援員制度の助成を受けて行われました。
❖ 用語説明
※1 尿路結石症
腎臓から尿道までの尿路に結石が生じる疾患。生涯罹患率10%以上、再発率が50%以上であり、年々罹患率も上昇している。
※2 薄片
岩石のような固いものをスライドグラスに張り付けて、研磨剤を使って20~30μmの薄さまで磨り減らし、顕微鏡で観察できるようにしたものです。薄片は、透過光や偏光による構成鉱物の観察だけでなく、化学分析をすることも可能。
※3 蛍光免疫染色
解析対象の標的タンパク質が局在する様子を観察できる手法。一般的には細胞や組織中の標的タンパク質の検出に用いられるが、本研究では尿路結石という“硬い組織”に対して適用し、タンパク質の可視化に成功した。
※4 オステオポンチン
骨、腎、血管壁、血清、母乳など様々な組織に存在する結合性の酸性リン酸糖タンパク質。尿路結石形成に深く関わるタンパク質としても注目されている。
※5 プロトロンビンフラグメント1
尿中に存在する代表的な糖タンパク質の一つであり、Caと高い親和性をもつカルシウム結合タンパク質。血液凝固系にも関与することが知られている。
※6 カリグラニュリンA
尿中に存在するカルシウム結合タンパク質。好中球の遊走などの炎症や免疫応答の調整に重要な役割をもつ炎症性タンパクである。
❖ 参考URL
丸山 美帆子准教授 研究者総覧URL https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/10f9c73190445fd9.html
【丸山美帆子准教授のコメント】
本研究は、尿路結石症という深刻な疾患の解決を目指し、医学・工学・理学・薬学などが連携する多分野連携プロジェクトで取り組んできました。本研究で、結石が持つ情報を丁寧に読み解き、結石形成過程を明らかにするために必須の「タンパク質の局在情報可視化手法」が確立できました。本手法を用いてさらに深く結石形成過程を明らかにし、尿路結石症で苦しむ人がいない未来を目指したいと思います。
国立科学博物館 Official Site
https://www.kahaku.go.jp/
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