東京二期会オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」「道化師」〈新制作〉

2つの物語を1つの世界へ――ダミアーノ・ミキエレットの統合力

ヴェリズモ・オペラの二大傑作、『カヴァレリア・ルスティカーナ』(作曲:ピエトロ・マスカーニ)と『道化師』(作曲:ルッジェーロ・レオンカヴァッロ)。独立した二作を東京二期会オペラ劇場にて演出家ダミアーノ・ミキエレットは一つの物語として統合した。


写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

舞台は20世紀後半の南イタリアの田舎町。回り舞台を駆使し、屋内外を自在に行き来させることで、人々の内面と社会の因習を鮮明に描き出す。パン屋を中心に展開する『カヴァレリア』と、旅芸人一座の楽屋と舞台裏を立体的に見せる『道化師』。二作は、“円”というモチーフで結びつき、互いの物語を補完しながら観客の理解を自然に導く。

『カヴァレリア』の間奏曲ではネッダとシルヴィオの愛が深まり、『道化師』の間奏曲ではサントゥッツァとルチアが心の痛みを分かち合う。物語の交差と因果の連鎖が、観客に二つの作品を同一の世界として認識させる巧みな構造となっていた。また、『道化師』の劇中劇は、酔いに溺れたカニオの深層心理として描かれ、鏡に映るネッダの幻影や増幅される嫉妬・妄想を通して、アルコール依存と自尊心の崩壊が生む悲劇を現代的に再構築している。

歌手たちの熱演:

【2月12日・14日組】

『カヴァレリア・ルスティカーナ』


写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

サントゥッツァを演じた岡田昌子は、岡田昌子は圧倒的な声量と豊潤な音色で、激情を恐れず真っ向から表現。劇的世界を雄大に押し広げた。これまでのレパートリーで培われた表現力は本舞台でも遺憾なく発揮された。

前川健生のトゥリッドゥは一直線に突き進む青年像を、力強く真っ直ぐな声で体現。
今井俊輔はアルフィオとトニオを兼任。豊かで響きのよいバリトンはイタリア的な艶を帯び、アルフィオでは金満家の余裕を、トニオでは腹に一物ある策士を鮮明に描き分ける。声だけでも酔わせる存在感を示した。与田朝子のルチアは温かみある低めのメゾで安定感を示し、小泉詠子のローラもセクシーな声で作品に色気を添えた。

『道化師』

樋口達哉のカニオは、近年ぐっと重みを増した声で「衣装を着けろ」を熱唱。男泣きを滲ませた表現は説得力十分で、終幕の「もう道化師ではない」も圧巻だった。


写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

ネッダ役は竹多倫子に代わりイ・スンジェが登場。叙情性を失わないまま奔放さと倦怠を巧みに織り込み、現代的な女性像を鮮やかに提示した。


写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

与那城敬のシルヴィオは甘く美しいバリトンで二重唱を彩り、高田正人のペッペも清涼な声で緊迫した終幕を効果的に引き締めた。

【2月13日・15日組】

『カヴァレリア・ルスティカーナ』


写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

サントゥッツァの土屋優子は、パワフルで密度の高い声が印象的。場面によってはメゾを思わせる陰影も帯び、低音の厚みが役の苦悩をいっそう際立たせる。トゥリッドゥとの二重唱終盤、「A te la mala Pasqua, spergiuro!」では激情を一気に解き放ち、ヴェリズモの核心を突く迫真の表現を聴かせた。

村上公太のトゥリッドゥは、明るくよく伸びる美声が魅力。シチリアの陽光を思わせる輝きで、無鉄砲で享楽的な青年像を自然体で描いた。声の爽やかさが人物の未熟さと表裏一体となり、説得力ある造形を示した。

大川博はアルフィオとトニオを兼任。芯のあるバリトンはよく響き、アルフィオでは堂々たる威圧感、トニオでは冷ややかな策士ぶりを打ち出す。重心の低い安定した歌唱で、両作の悲劇性を支えた。

小林紗季子のルチアは明るめの声で慈しみを感じさせ、郷家暁子のローラは艶やかな声で作品に官能的な彩りを添えた。

『道化師』


写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

下村将太のカニオは、若々しいエネルギーに満ちた歌唱。「衣装を着けろ」では感情をストレートにぶつけ、鋭く伸びる声が大ホールを貫いた。直進力こそがこの日のカニオの持ち味。終幕に向けて緊張を高め、熱気あふれる悲劇を築いた。

ネッダの中川郁文は、張りのある澄んだ声に加え、演技と表情の細やかさが際立った。閉塞した生活への倦怠、自由への憧れ、恋に身を委ねる高揚、そして追い詰められた恐怖――その感情の揺れが、視線や身体の動きに自然ににじむ。「鳥の歌」では、美しく歌うだけでなく、空へ解き放たれたい魂そのものを体現。シルヴィオとの場面では柔らかな微笑みと確かな意志を両立させ、終幕では一転して切迫した表情が胸を打つ。歌唱・演技・存在感が三位一体となった、完成度の高いネッダを創出した。

又吉秀樹のシルヴィオは、重心の安定したバリトンで誠実な恋人像を描き、二重唱を温かく支える。吉田連のペッペも明るく明晰な声で要所を締め、劇中劇と現実をつなぐ役割を堅実に果たした。

アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団:

指揮のアンドレア・バッティストーニは、これまでの情熱的で煽るような推進力を前面に出すスタイルとはやや趣を変え、今回はドラマに深く寄り添う抑制的なアプローチを示した。初日はとりわけテンポを大きく構え、人物の感情の機微を丁寧に掘り下げる運びが印象的である。

しかし聴き進めるにつれ、その設計の緻密さが明確になる。旋律美をくっきりと浮かび上がらせ、歌うべき箇所では十分に呼吸を与え、激情の場面では一気呵成に推進する。若さに任せた勢いから、全体を俯瞰する円熟へ――音楽そのものが“円”を描くかのように成熟している。

バッティストーニは2025年1月より《トリノ・レージョ劇場》の音楽監督に就任し、さらに2026年1月からは《オペラ・オーストラリア》の音楽監督も務めている。イタリアの名門歌劇場と南半球最大規模のオペラ・カンパニーという二つの重責を担う事実は、バッティストーニがいま国際的にどれほど厚い信頼を得ているかを物語る。

今回の演奏からも明らかなように、情熱だけでなく構築力と統率力を備えた音楽監督としての成熟が、確かなかたちで結実している。世界で最も将来を嘱望されるオペラ指揮者の一人と評されている。

東京フィルハーモニー交響楽団は、色彩感豊かな響きと高い集中力でその構想を的確に具現化。弦の叙情、管の鋭さ、打楽器の緊張感が場面ごとに明確に整理され、立体的な演出と見事に歩調を合わせた。二期会合唱団も密度の高いアンサンブルで舞台を引き締め、音楽と演出が理想的に統合された。

合唱の聴きどころ:


写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

『カヴァレリア・ルスティカーナ』――教会の場面(復活祭の合唱)場面で、二期会合唱団は輝かしい合唱を披露した。

印象的だったのは、透明感と芯の強さを併せ持つ響きである。弱音でも音程が揺るがず、各声部が明晰に重なり合うことで、和声がくっきりと浮かび上がった。とりわけソプラノの高音は清冽で、天上へと抜けていくような伸びを持ち、復活祭の光を思わせる明るさを放つ。一方でアルトから男声にかけては、温かみと厚みのある支えを築き、合唱全体に安定感を与えていた。

この場面の真価は、舞台上のドラマとの対比にある。教会の中では敬虔な祈りが高らかに歌われる一方、外ではサントゥッツァの苦悩が深まっていく。そのコントラストを、合唱団は決して過度に感情を煽ることなく、むしろ純度の高い音楽性として提示された。

聖なる歓喜が、すぐ後に訪れる悲劇を予感させる――その両義性をここまで美しく体現した合唱は、今回の上演の大きな聴きどころであった。

統合の成功:


写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

二つの物語を一つの世界にまとめ上げる試みは、発想だけが先行し、形だけで終わってしまう危険性があるが、ローレンス・オリヴィエ賞受賞したダミアーノ・ミキエレットの演出は両作を無理に結びつけるのではなく、互いの物語を照らし合わせることで、それぞれの悲劇をより鮮明に浮かび上がらせた。

回り舞台が描く“円”の構造、登場人物たちの因果が巡る“輪”、そして嫉妬や絶望が深まっていく“螺旋”。それらが自然に重なり合い、観客は二つの作品を別々に観ているのではなく、同じ村に起きた一連の出来事として受け止めた。

演出の構想、歌手たちの熱演、そしてオーケストラの緻密な音楽づくりが同じ方向を向き、舞台全体がひとつの大きな流れを作り出していた。ヴェリズモの持つ生々しさと叙情、その両方を存分に味わわせてくれる上演だった。

■東京二期会オペラ劇場 
「カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師」
〔新制作〕
(ロイヤル・オペラ・ハウスとの提携公演)

会場:
東京文化会館 大ホール

CAST

『カヴァレリア・ルスティカーナ』
オペラ全1幕
日本語及び英語字幕付原語(イタリア語)上演
原作:ジョヴァンニ・ヴェルガ
台本:ジョヴァンニ・タルジョーニ=トッツェッティおよびグィド・メナッシ
作曲:ピエトロ・マスカーニ

2/12,14  2/13,15
サントゥッツァ:岡田昌子/土屋優子
ローラ    :小泉詠子/郷家暁子
トゥリッドゥ :前川健生/村上公太
アルフィオ  :今井俊輔/大川 博
ルチア    :与田朝子/小林紗季子

『道化師』
オペラ全2幕
字幕付原語(イタリア語)上演
台本・作曲:ルッジェーロ・レオンカヴァッロ

2/12,14   2/13,15
ネッダ    :イ・スンジェ/中川郁文
カニオ    :樋口達哉/下村将太
トニオ    :今井俊輔/大川 博
ペッペ    :高田正人/吉田 連
シルヴィオ  :与那城 敬/又吉秀樹

合唱 :二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

STAFF

指揮:アンドレア・バッティストーニ
演出:ダミアーノ・ミキエレット
演出補:エレオノーラ・グラヴァニョーラ
装置:パオロ・ファンティン
衣裳:カルラ・テーティ
照明:アレッサンドロ・カルレッティ
合唱指揮:佐藤 宏
音楽アシスタント:松下京介
演出助手:彌六
舞台監督:村田健輔
技術監督:大平久美、村田健輔
公演監督:大野徹也
公演監督補:永井和子

カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師|東京二期会オペラ劇場 -東京二期会ホームページ-
オペラと声楽全般にわたる公演及び研究活動を行うとともに、オペラ歌手、合唱団及びスタッフを育成してオペラならびに声楽全般の振興を図ります。