2025年10月、クラシック音楽界の最高峰の舞台のひとつである第19回ショパン国際ピアノ・コンクールにおいて、東京都出身の桑原志織(くわばら・しおり)が第4位に輝いた。30歳で快挙を成し遂げた彼女は、日本の音楽界にとっても大きな希望となった。

SHIORI KUWAHARA – final round (19th Chopin Competition, Warsaw)
世界が認めた演奏表現力とアンサンブル能力

桑原の本選での演奏は、まさに知性と感性の調和が取れた音楽の結晶だった。ショパン晩年の傑作「幻想ポロネーズ Op.61」ではふくよかで包容力のある音色を通して、聴衆の心の奥深くにある記憶や感情を呼び起こした。
特筆すべきはその表現の多彩さだ。静謐な部分では内省的なニュアンスをじっくりと描き、盛り上がりでは音のうねりとともに音楽を解き放った。「光の矢を放つような輝かしい和音」で終えたその瞬間、ホールには深い感動が広がった。
協奏曲ではショパン:ピアノ協奏曲第1番を演奏。序奏部分からオーケストラとの一体感が際立ち、桑原のピアノが加わると、音楽全体が有機的に呼吸を始めたかのようだった。彼女の演奏は、オーケストラと感情を交わし合う対話のようなアンサンブルに終始していた。

安定した技術と深い音楽理解

桑原の演奏には常に任せて安心と思わせる安定感がある。
その技術の確かさに加え、音楽に対する深い洞察と誠実な表現が聴く者の信頼を集めている。
たとえば、協奏曲の第2楽章では、ファゴットとの柔らかな音の交感が繊細に紡がれ、まるで瑞々しい朝日の中にいるような穏やかさを感じさせた。第3楽章では、生き生きとしたリズムと音楽的アイディアに満ちあふれ、音楽そのものが祝祭のような雰囲気を帯びていった。
桑原志織というアーティスト

桑原は、東京藝術大学、ベルリン芸術大学大学院で研鑽を積んだ実力派。これまでにもブゾーニ国際ピアノコンクール(2019年)2位入賞や、エリザベート王妃国際音楽コンクール(2025年)決勝進出など、世界の名だたる舞台でその存在感を示してきた。
彼女の音楽の特徴は、奇をてらわず、誠実で深い解釈。作品の構造や背景に対する理解が行き届いており、ただ技術を披露するのではなく、音楽の「物語」を語ることができるピアニストである。
若手ピアニストの登竜門「ショパン・コンクール」とは

1927年に始まり、原則5年に1度開催される「ショパン国際ピアノ・コンクール」は、若手ピアニストの登竜門として知られている。過去にはマルタ・アルゲリッチや内田光子、スタニスラフ・ブーニンら、後の大ピアニストたちを輩出してきた。
今回の第19回大会では、日本人の進藤実優も本選に出場し、激戦の末、桑原が4位を獲得。優勝は米国のエリック・ルー(27歳)が果たした。
音楽の力を信じて

桑原はコンクール終了後、「最後まで弾き切ることができたのは、皆さまの応援のおかげ」と語った。音楽に込められた感謝と決意。その姿勢は、演奏にも滲み出ていた。
彼女の音楽は、聴衆に安らぎと感動を届けると同時に、「音楽とは人と人とをつなぐ力である」と改めて感じさせてくれる。今後の国際的な活躍がますます期待されるピアニストである。
Photo by Wojciech Grzedzinski / Krzysztof Szlezak (NIFC)


