新国立劇場のニューイヤー恒例公演として親しまれてきたヨハン・シュトラウスⅡ世のオペレッタ《こうもり》が、シュトラウス生誕200年の記念年にふさわしく華やかに幕を開けた。2006年初演、今回で8度目の上演となるハインツ・ツェドニク演出は、ウィーン独特の香気と洗練を今なお色あせることなく伝え、年始の客席を幸福感で満たした。

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
本プロダクション最大の魅力は、ウィーンの名テノールとして活躍したツェドニクならではの舞台感覚にある。奇をてらわず、作品本来のエレガンスとユーモアを丁寧にすくい取った演出は、洒脱でありながらも典雅。
ユーゲント・シュティール調で統一された舞台美術と衣裳は、植物文様や流麗な曲線、金色を基調とした色彩が美しく、まるでクリムトの絵画世界に足を踏み入れたかのよう。幕切れで刑務所から舞踏会場へ一瞬で転換する場面の鮮やかさも印象深い。
軽やかさを軸にした、心地よい歌唱アンサンブル
公演の歌唱全体を貫いていたのは、「軽み」を基調とした爽快なアンサンブル。
アイゼンシュタイン役のトーマス・ブロンデルは、軽やかさと適度な厚みを併せ持つ声で、俗っぽくも憎めない中年男を明快に描写。安定感ある歌唱で物語を牽引した。

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
ロザリンデ役のサビーナ・ツヴィラクは、ドラマティック・ソプラノらしい力強くシャープな高音が持ち味。ワーグナー的な重量感も感じさせる堂々たる歌唱で、確かな存在感を示した。

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
秀逸だったアデーレとオルロフスキー公爵

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
とりわけ注目を集めたのが、アデーレ役のマリア・シャブーニアと、オルロフスキー公爵役の藤木大地。
《こうもり》屈指の名場面といえば、第2幕でアデーレが歌う有名なアリア
「侯爵様、あなたのようなお方は(Mein Herr Marquis)」、通称“笑いのアリア”だろう。
女中であるアデーレが、安物のドレスを見抜いたと揶揄する相手を、巧妙な話術と歌で煙に巻く場面は、高度な歌唱技巧と喜劇性が求められる。

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
若手ソプラノの登竜門として知られるアデーレ役を歌唱したマリア・シャブーニアは、単なる技巧誇示に終わらせず、自然体の軽やかさとコケティッシュな間合いで聴かせた。コロラトゥーラは明快でよく伸び、フレーズごとに表情を変えながら、観客の笑いを的確に誘う。とりわけ高音域での余裕ある響きと、台詞のように転がす言葉の処理が秀逸で、気づけば客席は彼女のペースに完全に巻き込まれていた。
藤木大地のオルロフスキー公爵は、本公演屈指の見せ場。華やかなカウンターテナーの声を生かし、退屈を持て余す怪しげな貴族像を巧みに表現した。

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
第2幕終盤の大笑いする演技も強烈で、舞踏会全体を支配する存在感はまさに“マスター・オブ・セレモニー”。役を完全に掌握していた。

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
脇を固める実力派たちと、切れ味ある音楽作り
ファルケ博士のラファエル・フィンガーロスは、伸びやかなバリトンを軽やかに響かせ、復讐劇を楽しむ余裕を感じさせる。フランク役のレヴェント・バキルジも、明るくジェントルマンな声質で好演。アルフレード役の伊藤達人は、芯のある美声とまっすぐな情熱を備えた歌唱で、別次元の輝きを放った。

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
フロッシュ役のホルスト・ラムネクは、当意即妙の一人芝居に加え、歌も披露する芸達者ぶりで第3幕を大いに盛り上げる。

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
指揮はダニエル・コーエン。シャープで勢いのあるタクトは、ウィーン的な甘美さよりも明快なリズム感を前面に出し、歌手の輪郭をくっきりと浮かび上がらせた。新国立劇場合唱団、東京交響楽団も安定した充実ぶりを示した。
祝祭性と幸福感に満ちた“オペラ始め”

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
2025年はシュトラウス生誕200年の記念年。その祝祭気分にふさわしく、新国立劇場の《こうもり》は、音楽・舞台・歌唱が三位一体となった幸福感あふれる一夜を届けてくれた。オペラ初心者から愛好家まで、誰もが笑顔になれる“オペラ始め”として、この上ない舞台だった。

撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
■国立劇場 2025/2026シーズン
ヨハン・シュトラウスⅡ世「こうもり」
Die Fledermaus / Johann StraussⅡ
日時:1月22日(木)18:00
会場:新国立劇場 オペラパレス
STAFF:
【指 揮】ダニエル・コーエン
【演 出】ハインツ・ツェドニク
【美術・衣裳】オラフ・ツォンベック
【振 付】マリア・ルイーズ・ヤスカ
【照 明】立田雄士
CAST
【ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン】
トーマス・ブロンデル
【ロザリンデ】サビーナ・ツヴィラク
【フランク】レヴェント・バキルジ
【オルロフスキー公爵】藤木大地
【アルフレード】伊藤達人
【ファルケ博士】ラファエル・フィンガーロス
【アデーレ】マリア・シャブーニア
【ブリント博士】青地英幸
【フロッシュ】ホルスト・ラムネク
【イーダ】今野沙知恵
【合 唱】新国立劇場合唱団
【バレエ】東京シティ・バレエ団
【管弦楽】東京交響楽団


