フランス共和国政府より、フランス農業・食品産業・食料主権省が授与する農事功労章の最高位「コマンドゥール章」を受章した、東急グループ総料理長・セルリアンタワー東急ホテル 名誉総料理長の福田順彦氏。

2008年の「シュヴァリエ章」、2018年の「オフィシエ章」に続く今回の昇叙は、日本人料理人として3人目となる大変な名誉です。
長年にわたり、フランス料理・食文化の普及と発展に尽力するとともに、次代を担う料理人の育成や子供のための食育活動、さらには日本とフランスの食文化をつなぐ幅広い交流に取り組んできた功績が高く評価され、今回の受章に至りました。
今回のインタビューでは、受章に際しての率直な思いや授章式で感じたこと、約20年にわたる歩みを振り返るとともに、フランス料理への情熱、人材育成への信念、そして東急グループ総料理長として描くこれからの食文化の未来について語っていただきました。

◆鮑◆ 鮑とキヌアのサラダ仕立てレモンソースで召し上がれ
料理人として歩み続けてきた福田順彦氏が、最高位「コマンドゥール章」の受章を経て見据える新たな使命とは――。その言葉から、料理を通じて人を育み、文化を未来へつないでいく思いをインタビュー形式でお届けします。

40階に位置するタワーズレストラン「クーカーニョ」からの景観
■日本人料理人として3人目の栄誉:
東急グループ総料理長、セルリアンタワー東急ホテル名誉総料理長 福田 順彦氏
~フランス農業・食品産業・食料主権省「農事功労章 コマンドゥール章」受章記念インタビュー〈前編〉

ーーーこのたび、フランス農業・食品産業・食料主権省の農事功労章最高位である「コマンドゥール章」を受章されました。率直に、今のお気持ちをお聞かせください。

左から:福田 順彦総料理長、ベアトリス・ル・フラペール・デュ・エレン 駐日フランス大使
福田総料理長:
最高位の章をいただいたことは、もちろん大変光栄です。ただ、「一番上の章だからうれしい」という単純なものではありません。
シュヴァリエ章、オフィシエ章を経て、5年以上の年月を重ねたうえで授与されるコマンドゥール章は、フランス共和国からいただく勲章です。しかも、外国人に最高位の章が授与されるというのは、決して当たり前のことではありません。
それだけに、今回の受章には大きな意味を感じています。たとえるなら、日本がワールドカップで優勝するようなもの。それほど難しく、名誉あることだと思っています(笑)。
ーーープレスリリースを拝見して、その重みを改めて感じました。

福田総料理長:
日本人でコマンドゥール章を受章された方はこれまで二人いらっしゃいます。お一人は、私がとても尊敬している嶋村光夫さんです。農事功労章協会を立ち上げられた方で、小野正吉さん(ホテルオークラ)、村上信夫さん(帝国ホテル)という二大巨頭に負けないという強い気概を持って、協会の設立や普及活動に尽力されました。その長年の活動が高く評価され、コマンドゥール章を受章されたのだと私は理解しています。
フランスの勲章は、半分はこれまでの実績への評価ですが、もう半分は「これからもフランスのために貢献してくれる人物であってほしい」という期待が込められています。日本の「ご苦労さまでした」という意味合いの表彰とは少し趣きが違うんですね。
もうお一人は、日本人として初めてフランスでミシュランの星を獲得された中村勝宏シェフです。嶋村さんの約2年後に中村さんが受章され、「次は中村さんだろう」と、多くの方が納得されたのではないかと思います。
フランスという国は、自分たちが「主」であり、それ以外は「従」という考え方が比較的強い国です。スポーツでも、日本が強くなるとルールやレギュレーションが変わることがありますよね。それと似たような感覚で、最高位の勲章は基本的には外国人には授与しないものなのです。
日本にはシュヴァリエ章の受章者がおよそ400人、オフィシエ章が約50人いらっしゃいますが、コマンドゥール章は極めて限られた存在です。
ーーーフランス本国で日本人シェフがミシュラン三つ星を獲得するようなものですね。

左から:福田 順彦総料理長、ベアトリス・ル・フラペール・デュ・エレン 駐日フランス大使
福田総料理長:
まさに、そのような感覚です。和食や日本の食文化を海外へ伝えることと、フランス料理そのものを極め、その文化に貢献したと評価されることは、また意味が違います。
だから最初の質問に戻ると、「狐につままれたような気持ち」「まさか」「何かの間違いではないか」というのが、本音でした。
ーーー「人生には『まさか』という坂がある」と言います。
福田総料理長:
本当にそうですね。もちろんうれしい気持ちはありますが、この勲章は決して「いただいて終わり」ではありません。期待を込めて授与されるものですから、その責任や使命を日々感じています。
ーーー今回の受章では、人材育成や食文化の普及など幅広い活動が評価されたと思います。ご自身で特に印象深い取り組みはありますか。

福田総料理長:
今、最も力を入れているのは食育です。高度な技術を駆使した料理を召し上がっていただくことももちろん大切ですが、それ以上に、子どもたちやこれからフランス料理に触れる方々に、その魅力を伝え、裾野を広げていくことが今の自分に与えられた使命なのではないかと感じています。
ーーー2008年のシュヴァリエ章、2018年のオフィシエ章、そして今回のコマンドゥール章。この20年間を振り返っていかがですか。
福田総料理長:
一枚一枚薄紙を重ねるように積み重ねていくことが自分の持ち味だと思っています。20年というと長く感じるかもしれませんが、自分にとってはごく自然な歩みでした。
このホテルに携わって25年、料理人としては50年になります。前半の25年間は、数多くのコンクールに挑戦し、自分の技術が世の中で通用するのかを試す、いわば「他流試合」のような時代でした。その経験を重ね、いくつかの賞をいただき、このホテルの開業前、40代で料理長を任せていただきました。
そして後半の25年間は、培ってきた技術や経験を若い世代へ伝え、フランス料理の魅力や文化を広げていくことに力を注いできました。今回の受章も、自分一人の力ではなく、これまで支えてくださった多くの方々のおかげだと、心から感謝しています。
■フランス料理への想い
ーーー長年フランス料理に携わってこられましたが、福田総料理長にとって「フランス料理」とはどのような存在でしょうか。

福田総料理長:
時々、「なぜフランス料理を選ばれたのですか」と聞かれることがあります。でも、誰かに「フランス料理をやりなさい」と強制されたわけではありませんし、「これしかない」と押し付けられたわけでもありません。
私がこの世界に入った約50年前は、中華料理や和食はもちろんありましたが、イタリア料理もまだ今ほど一般的ではなく、「西洋料理」という大きなくくりで捉えられていた時代でした。
私も西洋料理の世界に入り、先輩方から学んでいく中で、自然と行き着いた先がフランス料理だったのです。それは、当時の先輩方が皆、「西洋料理を学ぶならフランス料理を学びなさい」という教えを受けてきたからだと思います。
その背景には、日本の近代化があります。明治維新を迎え、日本は欧米の文化や制度を積極的に取り入れました。造船はオランダ、政治体制はイギリス、そして料理はフランスという流れが生まれたのです。
秋山徳蔵さんをはじめ、多くの先人たちが海を渡ってフランスで学び、その技術や文化を日本へ持ち帰りました。外交儀礼(プロトコール)や皇室の晩餐会などでも、フランス料理が正式なもてなしの料理として定着していったのも、その頃からです。
私が修業を始めた頃は、その歴史や流れを直接知る先輩方がまだ多くいらっしゃいました。「自分はスイス経由で渡仏した」「シベリア鉄道を使ってヨーロッパへ行った」など、当時の苦労話を伺う機会もたくさんありましたし、「1ドル360円の時代だったんだよ」と教えていただきながら、その歴史を学んできました。
そうした先人たちの歩みがまだ色濃く残っていた時代だったからこそ、私たちはごく自然にフランス料理を学び、その文化を受け継いできたのだと思います。
ーーーなるほど。歴史的な背景から脈々と受け継がれてきた文化だったのですね。
福田総料理長:
そうですね。だから私にとってフランス料理は、単なる職業でも、料理のジャンルでもありません。自分の人生そのものですし、先人たちが築き上げてくださった素晴らしい文化を、次の世代へ受け継いでいく使命でもあります。
料理をつくるだけではなく、その歴史や精神、文化までも伝えていくことが、今の自分に与えられた役割なのだと思っています。
ーーータワーズレストラン「クーカーニョ」は南フランス・プロヴァンス料理を掲げていますが、その背景にはどのような考えがあったのでしょうか。

タワーズレストラン「クーカーニョ」内観
福田総料理長:
フランスはテロワール(土地の個性)をとても大切にする国です。ですから、ひとくくりに「フランス料理」とするのではなく、地域を明確にして、その土地の料理をご紹介するほうが、本来のフランスらしさを伝えられると考えました。
なぜプロヴァンスなのかというと、開業当時はイタリア料理の人気が非常に高まっていた時代でした。「みんなでシェアして楽しめるイタリアン」の勢いがあり、フランス料理も新しい魅力を打ち出す必要がありました。
そこで考えたのが、南フランス・プロヴァンスの料理です。パリのような重厚な宮廷料理ではなく、地中海の恵みを生かしたプロヴァンス料理は、オリーブオイルや野菜、魚介を多く使い、バターや生クリームを主体とする料理よりも軽やかで、日本人の味覚にも親しみやすいと考えました。同じ緯度帯の気候ということもあり、日本の風土にも自然に馴染むのではないかと思ったのです。
オーナーには「プロヴァンス料理を中心にご提供したい」と提案しましたが、今度は「店の名前はどうするんだ」という話になりました。
「クーカーニョ(Coucagno)」という名前は、「クー」がパン(農産物)、「カー」が貝殻(海産物)を意味し、山の幸と海の幸が豊かに実る”桃源郷”を表す言葉です。レストランのコンセプトにもふさわしい名称だと考えてご提案しました。
プロヴァンスは、イタリアやスペインとも文化的な交流が深く、地中海文化が息づく地域です。また、多くの芸術家や文化人、政治家たちが休暇を過ごし、心身を癒やして再びパリへ戻っていく、そんな特別な場所でもあります。
このレストランでも、単に「フランス料理」を提供するのではなく、プロヴァンスという土地の文化や風土、テロワールを感じていただきたい。そのような思いで現在のスタイルを築いてきました。
■フランス料理とエスコフィエ

◆鰻◆香ばしく焼き上げた鰻のミルフィーユ仕立て
ナスの煮込み、赤ワインソースと召し上がれ
ーーー福田総料理長にとって、フランス料理とエスコフィエとはどのような存在でしょうか。
福田総料理長:
フランス料理を語るうえで欠かせない人物が、オーギュスト・エスコフィエです。私たち料理人にとっては、まさに”フランス料理の父”ともいえる存在ですね。エスコフィエが残した料理書は、いわばフランス料理のバイブルです。多くの料理人がそのレシピを学び、一度は忠実に再現します。
ただ、大切なのはレシピそのものではありません。当時は現在のように高品質な乳製品や食材が揃っていた時代ではありません。その限られた条件の中で工夫を重ね、新しい料理を生み出した。その発想や精神こそが、私たちが学ぶべき本質だと思っています。
だから私は、「もしエスコフィエが現代に生きていたら、今ある素晴らしい食材を使ってどんな料理を考えただろう」と考えます。レシピだけを守ることが伝統ではありません。時代に合わせて進化させることこそ、エスコフィエの精神なのではないでしょうか。
実は、エスコフィエは生前、料理界から必ずしも高く評価されていたわけではありません。現在では当たり前となっている厨房の分業制やコース料理の提供方法も、彼が確立したものです。当時はそれまでの常識を覆す改革であり、「料理人ではない」と批判する人も少なくありませんでした。
豪華な料理を一度にテーブルへ並べるスタイルから、一皿ずつ最適なタイミングで提供する現在のスタイルへと変えたのも、エスコフィエでした。つまり、彼は伝統を守るだけの人ではなく、時代を変えた改革者だったのです。
私たちがエスコフィエ協会の活動を続けているのも、その精神を伝えていくためです。もし彼が今の時代に生きていたなら、人手不足や社会の変化、ライフスタイルの変化を見ながら、新しい料理や新しい提供方法を必ず考えていたと思います。私は、それこそが本当のエスコフィエの精神だと考えています。
ーーー日本の食文化にも独自の魅力がありますが、日本人としてフランス料理を表現するうえで大切にされていることは何でしょうか。

福田総料理長:
日本とフランスには、実はとてもよく似た文化があります。フランスには王室や共和国の歴史があり、日本には皇室があります。それぞれ長い歴史の中で、宮廷料理や公式晩餐会の文化が育まれ、多くの料理人たちがその食文化を支えてきました。
例えば日本では「宮内庁御用達」という言葉がありますが、それだけで品質や信頼を感じる方も多いでしょう。フランスにも同じように、国家や文化を支える料理という考え方があります。
また、日本料理もフランス料理もユネスコ無形文化遺産に登録されています。それは単に料理がおいしいということではなく、その背景に長い歴史や文化、人々の暮らしが息づいていることが評価されたのだと思います。
一方で、フランスにはM.O.F.(フランス国家最優秀職人章)という制度があり、料理人が国家を代表する職人として高く評価されます。日本にも「現代の名工」はありますが、料理人が芸術家として評価される仕組みは、まだフランスとは少し違う部分があります。
だからこそ私は、日本人だからこそ持っている繊細な感性と、フランス料理が持つ長い歴史や技術、その両方を大切にしながら、一皿一皿を仕上げていきたいと思っています。それが、日本でフランス料理を続けてきた私自身の役割なのだと感じています。
【続編となる後編は、後日公開となります】
■福田 順彦 氏 Nobuhiko FUKUDA

東急グループ総料理長
セルリアンタワー東急ホテル 名誉総料理長
2001年、セルリアンタワー東急ホテル開業時に総料理長に就任。以来、食に関する総合プロデューサー役として全館を牽引、統括。豊かな感性から生み出されている料理はアグレッシブで情熱的であり、常にチャレンジ精神を忘れず高みを目指す姿勢は顧客からも高い支持を得ている。
「文化交流」をテーマに料理界はもとより文化人・オペラ歌手・ワイン醸造家など各界の著名人との親交もあり、彼らとのコラボレーションによる食事会を多数開催。食を通じて子どもの 「食の自立」と「五感の育成」を目指す食育活動にも積極的に取り組んでいる。東急グループにおける食の牽引車として、また、日本を代表する食文化のオピニオンリーダーとして精力的に活動を続けている。
2017年 一般社団法人「日本エスコフィエ協会」第7代会長、国際副会長に就任
2019年 株式会社東急ホテルズ(現 東急ホテルズ&リゾーツ株式会社)総料理長に就任
2021年 「フランス農事功労章協会(MOMAJ)」第6代会長に就任
2022年 株式会社東急ホテルズ (現 東急ホテルズ&リゾーツ株式会社)専務執行役員に就任
2024年 一般社団法人「日本エスコフィエ協会」名誉会長に就任(国際副会長は継続)
2025年 「日本米粉協会」会長に就任
東急グループ 総料理長 ならびに セルリアンタワー東急ホテル 名誉総料理長に就任。現在に至る
このほか、「日本ラ・シェーヌ・デ・ロティスール協会 日本本部」プロフェッショナル理事、「一般社団法人日本食文化会議」顧問も務める。
【受賞歴】
2018年 フランス共和国政府より 「農事功労章-オフィシエ章」受章
2019年 厚生労働大臣より「令和元年度卓越した技能者の表彰“現代の名工”」受章
2021年 一般社団法人「全日本司厨士協会」卓越最高技術顧問章受章
2024年 「調理師関係功労者に対する厚生労働大臣表彰」受彰
2025年 フランス共和国大統領より「国家功労勲章-シュヴァリエ章」受章
2026年 フランス共和国政府より「農事功労章-コマンドゥール章」受章
2026年 「令和八年春の黄綬褒章」受章
■タワーズレストラン「クーカーニョ」概要

地上150Mの圧巻の眺望を誇るホテルのメインダイニング。旬の素材を使い伝統の技術と斬新なアイデアで織り成すプロヴァンス料理を、シェフとサービススタッフが心を込めてご提供いたします。白を基調にした店内では、昼には溢れる明るい陽光、夜は煌めく夜景とともに“忘れえぬ食卓”をお約束いたします。
店名 Tower’s Restaurant Coucagno」(タワーズレストラン「クーカーニョ」)
席数 42 席(ホール26席、個室2室16席)
営業時間
ランチ 11:30~15:00(14:00L.O.)
ディナー 17:30~22:00(20:30L.O.)

■セルリアンタワー東急ホテル 概要

2001年5月開業。渋谷駅から徒歩5分に位置する、ゲストの様々なご要望にお応えできる渋谷で数少ないラグジュアリーホテルです。モダンスタイルの中に和の趣が感じられ、美しい眺望を臨む客室と多用途な宴会場、多彩なジャンルのレストランやバーを有し、日本のホテルならではの温かなおもてなしで皆さまをお迎えいたします。日本の伝統と流行、ENTERTAINMENTが交差するSHIBUYAで、季節の移ろい、四季折々の文化に触れることで感じる心の豊かさを「SHIBUYALUXURY」として表現するプロジェクトを2024年より始動しています。
所在地:東京都渋谷区桜丘町26-1
アクセス:渋谷駅より徒歩5分
開業日:2001年5月24日
建物概要:地上40階 地下4階
営業施設:
客室388室(収容人数776名)宴会場11 レストラン&バー11
公式ウェブサイト:
https://www.tokyuhotels.co.jp/cerulean-h/index.html
【実食レポ】福田順彦シェフが紡ぐ、クーカーニョのプロヴァンス料理《セルリアンタワー東急ホテル》
https://www.lvtimes.net/gourmet/79172/


