台風25号が関東地方に接近するなか、9月21日、ミューザ川崎シンフォニーホールで行われのは、フランツ・シュミットの大作オラトリオ《7つの封印の書》。ロレンツォ・ヴィオッティの指揮のもと、独唱、東響コーラス、オルガン、管弦楽が一体となり、黙示録の壮大な世界を描き出した。

©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
新約聖書「ヨハネの黙示録」を題材に、世界の終末から最後の審判、そして救済へと至る壮大な物語を描く「7つの封印の書」。東京交響楽団にとっては、1977年に日本初演を行った作品でもあり、創立80周年という節目にふさわしい大曲である。
今回の公演を聴いてまず強く感じたのは、巨大な編成を必要とする作品でありながら、オーケストラ、合唱、独唱、そしてオルガンがそれぞれの役割を明確に担いながら、一つの大きな音楽世界を形作っていたことだ。

©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
とりわけ印象的だったのが、ヨハネを歌ったマキシミリアン・シュミットと、神の声を担ったフランツ=ヨゼフ・ゼーリヒである。物語の進行役でもあるヨハネは、次々と現れる幻視を言葉によって伝え、聴き手を黙示録の世界へと導いていく。マキシミリアン・シュミットのテノールは明晰で、長大なオーケストラの響きのなかでも言葉が埋もれない。単に物語を説明するのではなく、場面ごとの緊張を受け止めながら次の場面へと音楽を導く、その存在感が印象的だった。
ゼーリヒの低く深い声は、「神の声」と呼ぶにふさわしい威厳を備えていた。大編成のオーケストラや合唱と重なる場面でも声の輪郭が失われず、深い響きがホール全体に浸透していく。登場するたびに音楽に確かな重心を与え、とりわけ最後の審判を経て新しい世界が示される場面では、揺るぎない声の存在感が大きな説得力となっていた。

©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
第5の封印で際立った東響コーラス

©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
第1部では、七つの封印のうち第1から第6までが解かれ、人類を襲う戦争、飢餓、疫病、天変地異などが次々と描かれる。
そのなかでも強烈な印象を残したのが、第4の封印、青白い馬――死の場面だ。すべてが極限まで高揚したあと、2人の生存者による対話が静かな弱奏へと収束していく。その落差が生み出す深い余韻には、シュミットの音楽の恐ろしさと美しさが凝縮されていた。
そして、第5の封印で現れる殉教者たちの巨大なフーガ。ここで東響コーラスが圧倒的な存在感を示した。
複雑に絡み合う声部を明晰に積み上げながら、音楽は次第に巨大な塊となっていく。それでいて単なる大音量ではなく、各声部の動きが感じられる。東響コーラスの厚みと精度が、シュミットの緻密な書法を立体的に浮かび上がらせた。
巨大な合唱や管弦楽が響く一方で、ミューザ川崎では大木麻理のオルガンも絶妙なバランスで聴こえていた。オーケストラや合唱を覆い尽くすのではなく、その響きを下支えしながら、ときに上空から音楽全体を包み込むように響く。

©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
第1部と第2部の冒頭に置かれたオルガン・ソロは印象的だった。単なる間奏ではなく、前半から後半へと音楽の記憶を受け渡す重要な役割を担っている。ミューザ川崎というホールの響きを生かしながら、大木の演奏は作品全体の巨大な構造を下から支える存在感を示していた。
第6の封印から第7の封印へ――巨大な音楽が動き出す

©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
第6の封印では、世界そのものが崩壊していくような巨大な音響が展開する。最後の和音が鳴り終わったあと、ヴィオッティがしばらく動きを止めたことも印象に残った。音が消えた瞬間に次へ進むのではなく、最後の一音が空間から消えていくまでを聴かせるような静止だった。
そして第7の封印が解かれると、世界は一転して「大いなる静寂」に包まれる。そこから七人の天使が七つのラッパを吹き鳴らし、災厄と最後の審判へ向けて音楽は再び巨大化していく。
この長大な展開を、ヴィオッティは細部を失わずに構築していた。第5のラッパ、第6のラッパで響くトランペットのソロも鮮烈で、金管楽器の存在感が際立つ。第7のラッパ以降ではさらに金管群が加わり、音楽は巨大なフーガへと発展していく。その頂点で響くトランペットの高音も強い印象を残した。
ヴィオッティ、巨大なスコアを一つの流れへ

©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
シュミットの「7つの封印の書」は、合唱、独唱、オーケストラ、オルガンが複雑に絡み合う巨大な作品だ。ヴィオッティは、その巨大なスコアを単に大音量で押し切るのではなく、各場面の緊張と弛緩を明確に描き分けていた。
激しい場面ではオーケストラと合唱を一気に押し上げる一方、弱奏では音楽を極限まで絞り込む。複雑な対位法が展開する場面では各声部の動きを整理し、反対にオーケストラと合唱が一つの巨大な響きへと向かう場面では、そのスケールを最大限に引き出す。
こうしたコントラストによって、約2時間に及ぶ長大な作品が、個々の場面の連続ではなく、一つの大きな音楽的ドラマとして浮かび上がった。ミューザ川崎での演奏では、ヴィオッティの指揮に迷いは感じられず、終始、作品全体を見渡しているような安定感があった。
「ハレルヤ」から「アーメン」へ

©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
世界を覆う災厄と最後の審判を経て、音楽はやがて新しい世界へと向かう。ここで再びゼーリヒの「神の声」が響く。その低く深い声には、新たな世界の到来を告げるにふさわしい威厳があった。
そして「ハレルヤ」。東響コーラスは巨大な響きを作りながらも、全体の均衡を崩さない。壮大でありながら、単なる祝祭的な高揚に終わらない厳粛さがそこにはあった。
その後、アカペラの男声合唱による「感謝の歌」が響くと、音楽は次第に静謐な世界へと戻っていく。そしてヨハネが最後の言葉を歌う。
「この啓示に心せよ! 神の慈悲があなた方みなにありますように。アーメン!」
これに応える東響コーラスの「アーメン!」が、最後の大きな頂点となった。巨大な編成によって描かれてきた黙示録の世界が、最後には人の声そのものへと集約されていく。その響きには、祝祭だけではない深い畏怖が感じられた。
そしてヴィオッティはテンポを落とし、冒頭に現れたモティーフを再び響かせる。そこへタムタムとオルガンが加わり、長大な音楽の旅が閉じられた。
終末、審判、そして新たな世界へ――。シュミットが「ヨハネの黙示録」を通して描いた巨大な世界は、最後に「アーメン」という一つの言葉へと収束する。その終結は、指揮者、独唱、コーラス、オルガン、管弦楽が築き上げてきた音楽空間を、静かな祈りへと変えていくようだった。

©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
■東京交響楽団
シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
日時:2026年09月21日(月・祝)14:00 開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
曲目:
シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
出演:
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
テノール(ヨハネ):マキシミリアン・シュミット
バス(神の声):フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ
ソプラノ:クリスティーナ・ランツハマー
メゾソプラノ:カトリオーナ・モリソン
テノール:パトリック・グラール
バスバリトン:クレシミル・ストラジャナッツ
オルガン:大木麻理
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平
管弦楽:東京交響楽団

【シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」】
東京交響楽団 第745回 定期演奏会 Live from Suntory Hall! ≪ニコ響≫
https://live.nicovideo.jp/watch/lv350086291


