「白」の幻想、「黒」の誘惑――東京バレエ団『白鳥の湖』、沖香菜子が魅せた鮮烈な二役

東京バレエ団の『白鳥の湖』(ブルメイステル版)を9月11日、新国立劇場オペラパレスにて鑑賞した。『白鳥の湖』にはさまざまな振付・演出版が存在するが、東京バレエ団が上演するブルメイステル版は、物語と踊りが密接に結びついたドラマティックな作品。とりわけ特徴的なのが第3幕だ。王子ジークフリートを罠にかけるため、悪魔ロットバルトの手下たちが各国の踊り手に扮して舞踏会に集い、総力を挙げて王子を惑わせる。

第2幕・第4幕の幻想的な「白」の世界と、第3幕の華やかで禍々しい「黒」の世界。その鮮烈なコントラストこそ、ブルメイステル版の大きな魅力である。

新たなオデット/オディール、永久メイと秋山瑛

今回の公演では、オデット/オディールに新たな顔ぶれが加わった。マリインスキー・バレエの永久メイと、東京バレエ団の秋山瑛がそれぞれ初役に挑戦。

マリインスキー・バレエで活躍する永久メイは、柔らかな身体を生かした美しいラインと、白鳥を思わせるしなやかな身体性が魅力のダンサー。ロシア・バレエの伝統を感じさせる繊細な身体表現を持ち味とし、オデット/オディールという古典バレエを代表する大役に新たな表情を加えた。

東京バレエ団の秋山瑛も今回初めてオデット/オディールに挑戦。これまで培ってきた確かなテクニックと舞台上での存在感を背景に、白鳥と黒鳥という対照的な二役に新鮮な息吹をもたらした。高度な技術だけでなく、繊細なオデットと誘惑するオディール、それぞれの人物像を身体で描き分けることが求められる役だけに、二人の初役は今回の公演の大きな話題となった。

そして今回、観賞したのは沖香菜子のオデット/オディール。

沖香菜子、白鳥の美をどこまでも追究したオデット


Photo:Koujiro Yoshikawa

沖香菜子はスタイルが美しく、長い手足と柔軟な身体を存分に生かし、第2幕では白鳥そのもののような美しさで観客を魅了した。

腕を大きく羽ばたかせる動きだけではない。首の角度、上体のしなり、手先の表情までが繊細で、どこを切り取っても白鳥の姿を思わせる。身体の柔らかさが単なる技巧としてではなく、白鳥という存在の美へと結びついている。その靭やかなオデットには、ロシア・バレエの伝統を思わせる趣もあった。

そして第3幕、黒い衣裳をまとったオディールが登場すると、舞台の空気が一変する。王子を誘惑する黒鳥が圧巻だ。沖の身体の柔らかさと高度な回転技が一つになり、妖艶で強い女性像をつくり上げる。特に回転は小気味よいほど鮮やかで、動きに迷いがない。

さらに印象的なのは、仕草の一つひとつに明確な感情が宿っていること。オディールが王子の手を振り払うような動きも、単なる振付としてではなく、まず感情があり、それが動きにつながっているように見える。だからこそ、王子を誘惑し、翻弄していくオディールの心理が、踊りそのものから伝わってくる。

「白」と「黒」。沖香菜子は同じ身体を使いながら、その二つの女性像を鮮やかに描き分けていた。

宮川新大が魅せる、端正な足さばきと深みを増したジークフリート


Photo:Koujiro Yoshikawa

ジークフリート王子は宮川新大。華麗でエレガントな踊りを終始保ちながら、近年さらに深みを増した演技力によって、王子の内面まで感じさせる踊りを見せた。

特に印象的なのが、端正で美しい足さばきだ。ステップの一つひとつが明快で、足先まで神経の行き届いた繊細な動きが、宮川ならではの品格ある踊りを形づくっている。高度なテクニックをことさらに誇示するのではなく、音楽の流れの中に自然に溶け込ませるところにも、成熟を感じさせた。

第2幕では白鳥たちの中での男性として、群舞とは異なる存在感を示す一方、第3幕ではオディールに心を奪われ、華やかな舞踏会の中で悲劇へと引き込まれていく。宮川はその心の変化を、表情や身体のニュアンスまで含めて丁寧に表現。沖とのパートナーシップにおいても、相手の動きを受け止めながら、二人の間に生まれるドラマを支えていた。

第1幕を彩るパ・ド・カトル

第1幕では、パ・ド・カトルの足立真里亜、涌田美紀、池本祥真、加古貴也が舞台に彩りを添えた。4人それぞれの個性を生かしながら、祝宴の華やかさをつくり上げる。なかでも足立真里亜は華やかで軽やかな舞いが魅力的で、舞台を明るく照らした。池本祥真はキレのあるシャープな動きが際立ち、確かなテクニックで存在感を示す。涌田美紀、加古貴也も4人の調和を支え、第1幕を鮮やかに彩った。

ユーモアと超絶技巧で舞台を沸かせる道化

『白鳥の湖』の舞台で見逃せないのが道化の存在感。第1幕と第3幕に登場し、コミカルなキャラクターで物語に軽やかな風を吹き込む一方、その踊りには高度なテクニックが凝縮されている。

今回の公演で道化を務めた井福俊太郎は、ダイナミックでパワフルな踊りに加え、道化らしいユーモアを存分に発揮。豊かな表現力と弾けるような笑顔が印象的で、登場するだけで舞台の空気を明るく変えてしまう。コミカルな仕草にも愛嬌があり、悲劇が進行する物語の中で、観客の心をふっと解放してくれる清涼剤のような存在だった。

道化はただ笑わせるだけの役ではない。大きなジャンプや鮮やかな回転など、随所に超絶技巧が盛り込まれた見せ場の多い役柄。井福は高度な技術を軽やかにこなしながら、技巧を前面に押し出すのではなく、キャラクターのユーモアの中に溶け込ませる。そのため、技のすごさと人物の楽しさが同時に伝わってくる。

別日の公演では池本祥真と二山治雄も道化を踊っており、池本のシャープでキレのある動き、二山の軽やかな身のこなしと抜群の跳躍力、それぞれの個性が際立つ踊りを見せた。3人の異なる持ち味を通して、道化という役が持つユーモアと超絶技巧の魅力を改めて感じさせる。

ため息が出るほど美しいコール・ド・バレエ


Photo:Koujiro Yoshikawa

東京バレエ団の『白鳥の湖』で欠かせないのが、コール・ド・バレエの圧倒的な美しさ。
第2幕、シルエットがぴたりと揃った白鳥たちの群舞は、ため息が出るほど美しい。まるで本物の白鳥が舞う幻想的な湖が、舞台上に現れたかのようだった。

頻繁にフォーメーションを変えながらも、動きの角度、間隔、身体の向きまでが精緻に揃う。その一糸乱れぬ統一感が、白鳥たちを単なる群舞ではなく、一つの生命体のように見せている。

圧巻の第3幕、悪の勢力が総力を結集


Photo:Koujiro Yoshikawa

そして、ブルメイステル版最大の魅力ともいえるのが第3幕。スペイン、ナポリ、チャルダッシュ、マズルカなど、華やかな民族舞踊が次々と登場する。しかし、この版ではそれらすべてがロットバルトの手下。王子を罠にかけるため、各国の踊り手たちが一丸となって舞い踊る。

通常なら物語から独立したディヴェルティスマンとして楽しむ踊りが、ここでは「悪」の一部として物語に組み込まれている。そのため、華やかな踊りが続くほど、舞台には不穏な空気が濃くなっていく。

ロットバルトの岡﨑司も、巨大な羽をまとった禍々しい姿で登場し、第3幕では悪の黒幕として強烈な存在感を放った。

幻想的な白鳥たちの「白」と、オディールを中心とした妖しく華やかな「黒」。その二つの世界を鮮烈に描きながら、主役、ソリスト、コール・ド・バレエが一体となって物語を動かしていく。

初役に挑んだ永久メイ、秋山瑛の新鮮な存在感。そして9月11日の舞台で鮮烈なオデット/オディールを見せた沖香菜子。宮川新大の成熟したジークフリート、パ・ド・カトル、道化、そして一糸乱れぬ白鳥たち。

一人ひとりのダンサーがそれぞれの個性を持ちながら、一つの舞台をつくり上げる。その総合力こそが東京バレエ団の『白鳥の湖』の魅力なのだろう。

「白」の幻想と「黒」の誘惑。その鮮烈なコントラストの中で、沖香菜子が見せたオデットとオディールの二つの顔が、ひときわ強く印象に残る舞台だった。

海外公演通算800回の節目へ――40年ぶりにイタリア・トリノ王立歌劇場の舞台へ

そして、東京バレエ団は、この秋の『白鳥の湖』に続き、海外の舞台でも大きな節目を迎える。

2026年12月には、トリノ王立歌劇場の招聘を受け、「第37次海外公演」を実施する予定だ。全6公演の幕開けとなる12月10日には、海外公演通算800回という記念すべき節目を迎える。

東京バレエ団にとってイタリアは、これまで最も多く公演を行ってきた国。18度の訪問で26都市を巡り、147回の公演を重ねてきた。トリノには1973年の第4次海外公演で初めて訪れ、これまで3度、計8回の公演を行っている。今回は1986年以来、実に40年ぶり、4度目のトリノ公演となる。

東京バレエ団はこれまで36次にわたる海外公演で、33カ国158都市、799回の公演を行ってきた。2010年にはミラノ・スカラ座で『ザ・カブキ』を上演し、海外公演通算700回を達成。今回のトリノ公演を終えると、海外公演は通算805回に達する見込み。

国内の舞台で新たなダンサーたちが台頭する一方、海外でも着実に活動の歩みを重ねる東京バレエ団。『白鳥の湖』で見せた、個々のダンサーの個性とカンパニーとしての総合力。その先にある次なる舞台が、40年ぶりとなるトリノでどのような輝きを放つのかにも、期待が高まる。

■東京バレエ団「白鳥の湖」

日時:9月11日(金)
会場:新国立劇場オペラパレス

音楽:ピョートル・チャイコフスキー
改訂振付:ウラジーミル・ブルメイステル、
第2幕:レフ・イワーノフ/アレクサンドル・ゴールスキー(三羽の白鳥)
装置デザイン:エレーナ・キンクルスカヤ
衣裳デザイン:アレクサンドル・シェシュノフ
衣裳製作:ティマート・プロダクション

配役:

オデット/オディール:沖香菜子
ジークフリート王子:宮川新大
ロットバルト:岡﨑 司

【第1幕】
道化:井福俊太郎
王妃:奈良春夏
侍従長:宮村啓斗
パ・ド・カトル:足立真里亜、涌田美紀、池本祥真、加古貴也
アダージオ:長谷川琴音

【第2幕/第4幕】
四羽の白鳥: 中沢恵理子、工 桃子、長岡佑奈、池戸詩織
三羽の白鳥:二瓶加奈子、三雲友里加、加藤くるみ

【第3幕】
花嫁候補:加藤くるみ、長岡佑奈、富田紗永、五十嵐玲奈
四人の道化:山下湧吾、孝多佑月、津守貴嵩、竹花治樹
スペイン(ソリスト):政本絵美
スペイン:生方隆之介、樋口祐輝、南江祐生、小泉樹聖
ナポリ(ソリスト):工 桃子
チャルダッシュ(ソリスト):涌田美紀、安西くるみ、海田一成、加古貴也
マズルカ(ソリスト):平木菜子、安村圭太

指揮: アントン・グリシャニン
演奏: 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
協力:東京バレエ団OG、東京バレエ学校

ブルメイステル版 「白鳥の湖」全4幕 | 東京バレエ団
東京バレエ団「ブルメイステル版 「白鳥の湖」全4幕」の詳細ページです。上演日程、会場、出演者、チケット情報などをご案内しています。

【プロモーション映像】東京バレエ団 ブルメイステル版『白鳥の湖』

【INTERVIEW&REHEARSAL】ダンサー・インタビュー ――東京バレエ団 ブルメイステル版『白鳥の湖』