声とオーケストラ、そして舞台が描く「運命」――東京二期会《運命の力》

ヴェルディの《運命の力》は、序曲こそ広く知られているものの、全幕上演に触れる機会は決して多い作品。今回の東京二期会公演では、愛と復讐という個人の悲劇が、戦争や群衆、信仰という大きな世界へと広がっていく。そのドラマを支えたのが、歌手たちの多彩な声、そして八嶋恵利奈指揮・東京フィルの音楽だった。


東京二期会オペラ劇場🄫平舘平

「個人の悲劇」と「社会の悲劇」をつなぐ演出


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この作品が難しいのは、レオノーラ、アルヴァーロ、カルロという3人の個人的なドラマと、その背後で進行する戦争や民衆の熱狂が並行して描かれる点にある。パウントニーの演出は、その二つの世界を巧みに結びつけ、複雑な物語を明快に見せていた。

冒頭から登場する「銃」や「弾丸」は、アルヴァーロの銃によって始まる悲劇を象徴。さらに、カラトラーヴァ侯爵とグァルディアーノ神父を同じ歌手が演じる趣向も興味深い。

9月3日・9月5日 初日組の歌唱

レオノーラを歌った大村博美は、幅広い音域を安定して響かせ、ドラマティックな強さと繊細なレガートを両立。中低音にも十分な厚みがあり、ヴェルディの大きなオーケストラに対しても声の芯が揺るがない。

アリア「Pace, pace, mio Dio!」(神よ、平和を与えたまえ)では、長い苦悩の末にたどり着いたレオノーラ渾身の「祈り」を聴かせた。フォルテから弱音へ移っても声の芯が失われず、内面へと沈み込むような弱音が印象的。後半に向かうほど、声と役柄が深く結びついていくようだった。


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ドン・アルヴァーロの樋口達哉は、明るく伸びやかなリリックな声を基盤に、力強いスピントを聴かせた。英雄的な強さだけではなく、愛する女性を失う悲しみや出生への苦悩を声の色合いで表現し、甘さと泣きを含んだ切ない歌唱が魅力的。対するドン・カルロの今井俊輔は、豊かに広がる声で強い存在感を発揮。復讐に取りつかれた人物の苛烈さを、スケールの大きな歌唱で描いた。二人が対峙する場面では、それぞれの声の個性が際立ち、作品の悲劇性を強く印象づけた。


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今回感心させられたのが、プレツィオジッラ/クッラを歌った加藤のぞみ。加藤の歌唱は、まずその声の豊かさに耳を奪われる。メゾ・ソプラノらしい中低音の充実した響きを備えながら、決して重くなりすぎず、声が実に軽やかに舞台を駆け抜けていく。


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プレツィオジッラの音楽には、民衆を熱狂させるような外向的なエネルギーがあるが、加藤はそれを単純な陽気さとして処理しない。明るく弾むリズムのなかにも、声の奥行きと陰影を残しているため、彼女が舞台に現れると空気そのものが変わった。

9月4日・9月6日 後半組の歌唱

後半組も実力派が揃い、主要キャストから脇役まで充実した歌唱を聴かせた。イ・スンジェのレオノーラは、繊細さよりも内側に秘めた強さが前面に出る。大村博美が声の柔軟性と繊細なレガートによって「祈りへ向かう女性」の内面を描いたのに対し、イ・スンジェは豊かな声によって、苦悩そのものを身体的に感じさせるレオノーラを作り上げた。


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運命に翻弄されるだけではなく、自らの信仰と苦悩を抱えながら最後まで立ち続ける女性としての強さが、声そのものから伝わってきた。

ドン・アルヴァーロの小原啓楼は、力強く伸びのあるヒロイックな高声が魅力。安定感のある歌唱で、誇り高く高潔なアルヴァーロを聴かせた。ドン・カルロの小林啓倫は強く印象に残る歌唱を披露。重厚で暗い響きを持つバリトンが実に見事で、アリアでは内面の葛藤を丁寧に表現。友情から復讐へと変わっていくカルロの心理も鮮やかだった。


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プレツィオジッラ/クッラの花房英里子は、深く豊かな声が魅力。特にプレツィオジッラでは、単なる陽気な娘ではなく、どこか不気味さを漂わせる存在として強い印象を残した。声の深さがこの役によく合っていた。カラトラーヴァ侯爵/グァルディアーノ神父の後藤春馬は、シャープな響きを持つバス・バリトン。侯爵では厳格な父親、神父ではストイックな宗教者と、それぞれ異なる人物像を的確に描いた。


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主要三役を中心に、それぞれの声の個性がはっきりと感じられた今回の後半組。二期会の層の厚さを実感させる、充実したキャストだった。

八嶋恵利奈の指揮と東京フィル――ヴェルディの「運命」を音楽で描く


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今回の公演で大きな収穫の一つとなったのが、八嶋恵利奈の指揮と東京フィルハーモニー交響楽団による音楽である。序曲から東京フィルは、柔軟なアンサンブルを聴かせた。冒頭の「運命の動機」は作品全体を貫く重要な素材だが、単なる印象的なモティーフとしてではなく、その後のドラマを予告するように響く。

序盤はやや慎重な運びにも感じられたものの、八嶋は歌手の声をよく聴きながら、ヴェルディの旋律を豊かに引き出していく。そして物語が第3幕に入ると、オーケストラの表情が明らかに変わる。それまで抑制されていた響きが次第に前面へ出て、戦場の場面では金管や打楽器を含むオーケストラの強烈なエネルギーがドラマを押し進める。アルヴァーロとカルロの対決が緊迫するにつれて音楽そのものが巨大化していき、個人の感情を越えた「運命」の力が、オーケストラから立ち上がってくるようだった。

第4幕、二人が再び決闘へ向かう場面でのオーケストラは圧巻。激しい推進力と緊張感が途切れることなく続き、最終局面へ向けて音楽が一気に加速していく。八嶋は勢いだけに任せるのではなく、細かな呼吸を保ちながら全体をまとめ、ヴェルディの劇的な構築力を十分に引き出していた。

序曲で提示された音楽が、愛、死、戦争、祈りという異なる場面に姿を変えて現れることで、個々の出来事が偶然の連続ではなく、一つの大きな流れの中にあることを感じさせる。八嶋と東京フィルは、長大な音楽の流れを一つにつなぎ、作品全体に統一感と感動を与えていた。

合唱:三団体合同合唱――「社会」そのものとしての声


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二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部による三団体合同の合唱も、この公演の大きな聴きどころだった。《運命の力》では、兵士、民衆、修道士、旅人など、さまざまな集団が登場する。主人公たちの個人的な悲劇を取り巻く「社会」を担う存在として、合唱は重要な役割を果たしている。

第2幕の修道院では、修道士たちの歌声が宗教的な静けさを生み出す一方、第3幕の戦場では、兵士や民衆の合唱が熱狂的なエネルギーを帯びる。静謐な祈りから戦場の喧騒へ――その大きなコントラストが、作品の世界を鮮やかに浮かび上がらせていた。

とりわけ第3幕後半では、アルヴァーロとカルロの緊迫した対決から舞台が一気に群衆の世界へと開かれ、大規模な合唱が劇場全体を包み込む。個人の感情が社会の大きなうねりに飲み込まれていくような感覚があり、作品のスケールを強く印象づけた。

そして第4幕では、再び修道院の静かな響きへ。戦争と復讐に翻弄されてきた物語が、最後には祈りへと収束していく。三団体の歌声は、作品を単なる愛憎劇にとどめず、戦争、群衆、信仰という大きな力まで描き出していた。

貴重な全幕上演、充実したプロダクション


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パウントニーが古典を現代的に読み替え、作品の社会的・政治的な意味まで舞台上に浮かび上がらせた演出には、好き嫌いが分かれる部分もあるように感じられたが、歌手たちの多彩な声と、八嶋恵利奈指揮・東京フィルの劇的な音楽が、その演出を舞台上で立体的なものにしていた。

愛、復讐、戦争、信仰――さまざまな人間の感情が交錯するなかで、「運命」は超越的な力ではなく、人間自身が生み出してしまうものとして浮かび上がる。声とオーケストラ、そして舞台。その三者が結びついたことで、《運命の力》という作品の巨大な悲劇性が、改めて鮮明に感じられる公演となった。

国内では全幕上演の機会が限られる《運命の力》を、これだけ大規模なキャストと合唱、オーケストラで舞台化した意義は非常に大きい。今回の公演は、作品の巨大な悲劇性を改めて実感させる、充実したプロダクションだった。


東京二期会オペラ劇場🄫平舘平

■ボン歌劇場とウェールズ・ナショナル・オペラとの提携公演
東京二期会オペラ劇場
『運命の力』
オペラ全4幕・日本語及び英語字幕付原語(イタリア語)上演

作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ

【スタッフ】

指揮:八嶋恵利奈
演出:サー・デヴィッド・パウントニー
演出補:ロビン・テバット
装置:ライムント・バウアー
衣裳:マリー=ジャンヌ・レッカ
照明:ファブリス・ケブール
振付:マイケル・スペンスリー
合唱指揮:根本卓也
演出助手:彌六
舞台監督:村田健輔
技術監督:大平久美、村田健輔
公演監督:大野徹也
公演監督補:永井和子

【キャスト】

カラトラーヴァ侯爵/グァルディアーノ神父:山下浩司/後藤春馬
レオノーラ:大村博美/イ・スンジェ
ドン・カルロ:今井俊輔/小林啓倫
ドン・アルヴァーロ:樋口達哉/小原啓楼
プレツィオジッラ/クッラ:加藤のぞみ/花房英里子
メリトーネ:堺 裕馬/室岡大輝
村長:大塚博章/鹿野由之
トラブーコ:新堂由暁/市川浩平
軍医:寺西一真/植田雅朗

合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
管弦楽 :東京フィルハーモニー交響楽団

主催:公益財団法人東京二期会
共催:公益財団法人新国立劇場運営財団
公益財団法人日本オペラ振興会
後援:イタリア文化会館
ブリティッシュカウンシル
日本ヴェルディ協会
公益財団法人日伊協会
助成:公益財団法人三菱UFJ信託芸術文化財団
公益財団法人花王芸術・科学財団

運命の力|東京二期会オペラ劇場 -東京二期会ホームページ-
オペラと声楽全般にわたる公演及び研究活動を行うとともに、オペラ歌手、合唱団及びスタッフを育成してオペラならびに声楽全般の振興を図ります。