「フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026」に登場した東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。首席客演指揮者・藤岡幸夫の指揮のもと、「情熱のスパニッシュ・プログラム!」と題した華やかなコンサートが展開された。
ソプラノには、ジャンルを超えて活躍する野々村彩乃。ビゼーの《カルメン》から「ハバネラ」、ドリーブの《カディスの娘たち》、チャピの《セベデオの娘たち》から「囚われ人の歌」といった歌の名曲から、シャブリエの狂詩曲《スペイン》、ファリャの《恋は魔術師》から「火祭りの踊り」、そして後半の《三角帽子》全曲まで、スペイン音楽の多彩な魅力を一気に味わうプログラムである。その中心にいたのが、野々村彩乃だった。

©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール
妖艶さから伸びやかな高音まで――野々村彩乃が描くスペイン

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前半は、ビゼーの《カルメン》から第1幕への前奏曲、続いて「ハバネラ」で幕を開けた。
オーケストラが華やかに「カルメン」の世界を立ち上げると、野々村が登場。プレトークで藤岡が「ハバネラ」について触れたように、この曲には妖艶さだけでなく、どこか挑発的で奔放な女性像が求められる。
野々村の歌唱は、そうしたキャラクターを過度に誇張することなく、明るく健康的な声の芯を保ちながら進んでいく。続くシャブリエの狂詩曲《スペイン》を挟み、ドリーブの《カディスの娘たち》では、歌声にさらに色艶が加わった。
カスタネットやボレロのリズムが描くアンダルシアの港町を背景に、野々村は伸びやかな高音を聴かせる。声そのものの輝きが、作品の持つ明るさや華やかさとよく響き合っていた。
そしてチャピのサルスエラ《セベデオの娘たち》から「囚われ人の歌」でも、豊かな高音が印象に残った。
スペイン音楽というと、つい「情熱」「妖艶」「官能」といった言葉でひとくくりにしてしまいがちだ。しかし野々村の歌唱は、作品ごとの表情を丁寧に変化させながら、高音まで美しく伸びる、力強くも純度の高いリリック・ソプラノを軸に、それぞれの音楽に寄り添っていく。
前半の曲目は、曲間を大きく空けず、ひと続きの「スペイン組曲」のような感覚で進められた。その構成も功を奏し、野々村の歌と東京シティ・フィルの鮮やかな響きが次々と表情を変えながら、聴き手をスペインの街角へと連れていく。
藤岡幸夫の「解説付き」で《三角帽子》がもっと面白く

©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール
後半は、ファリャのバレエ音楽《三角帽子》全曲。
この作品では、演奏に先立って藤岡自身による解説が行われた。しかも、ただ物語を説明するだけではない。オーケストラに実際に音を出させながら、作品に隠された動機や旋律、登場人物と音楽との関係を紹介していくという趣向だ。
バレエ作品であれば、舞台上の踊りを見ながら物語を追うことができる。しかし演奏会形式では、音楽だけから登場人物の動きや場面転換を想像しなければならない。そこで藤岡は、ファゴットやピッコロ、ホルンなど、それぞれの楽器がどのような役割を担っているのかを、ユーモアたっぷりに解説した。
粉屋と代官が、実は音楽的にもどこか「似た者同士」として描かれていることや、ピッコロがまるで「チェッ」と舌打ちするように響く場面など、知らなければ通り過ぎてしまう細部が次々と紹介された。クラシック音楽を初めて聴く人にも、作品をよく知る人にも楽しめる趣向が施された。
客席の上方から響く、野々村彩乃の歌声

©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール
そして《三角帽子》で忘れられないのが、野々村彩乃の登場の仕方である。
彼女は舞台上ではなく、客席の上手側、2階あるいは3階のサイド席から歌声を響かせた。
第1部では、2階から「若い嫁よ とびらにはかんぬきをおろしておきなさい」と歌い、第2部では3階から「夜中にカッコウ鳥が鳴く」と歌う。
突然、客席の上方から降り注いでくる歌声。
ミューザ川崎シンフォニーホールの豊かな残響も相まって、野々村の声は舞台上とはまた違った明晰さをもってホール全体に広がった。
ステージ上のオーケストラと、客席の上方から響くソプラノ。その距離感が、バレエ音楽の物語性をさらに際立たせる。野々村はここで、単なる「歌のソリスト」ではなく、作品世界の中から声を発する存在となっていた。
《三角帽子》で本領を発揮した東京シティ・フィル

©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール
《三角帽子》の演奏が始まると、東京シティ・フィルの音楽は一段と密度を増していった。
序奏ではティンパニの連打に続いてトランペットがファンファーレを奏で、カスタネットや手拍子も加わる。さらに楽員による「オーレ!」の掛け声まで飛び出し、ホールは一気にスペインの祝祭空間へと変わった。
藤岡の指揮はエネルギッシュで、スペイン音楽の明るさや熱気をストレートに引き出す。一方、後半の《三角帽子》では、その勢いだけに頼らず、作品の細部まで丁寧に描き込んでいく。

©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール
第1部の女房の「ファンダンゴ」では、情熱的なリズムが鮮やかに弾ける。その一方で、代官が女房に言い寄る場面では、ファゴットのまろやかな音色と弦楽器の滑らかな響きが、ユーモラスで艶のある空気をつくり出した。
第2部、粉屋の「ファルーカ」では、終盤に向かってテンポが次第に加速し、高揚感が一気に高まる。木管、金管、打楽器がそれぞれの持ち味を発揮しながら、オーケストラ全体が一つの大きな生命体のように動いていく。
そして終幕の「ホタ」。鮮やかな色彩、躍動するリズム、そして祝祭的なエネルギー。最後まで一気に駆け抜けるような熱演となった。
野々村彩乃の声が、スペイン音楽の華やかさだけでなく、《三角帽子》のユーモアや物語性まで浮かび上がらせた。その歌声を、藤岡幸夫と東京シティ・フィルが豊かな色彩で支えた。

©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール
■フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
情熱のスパニッシュ・プログラム!
日時:2026.8.5(水) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:
指揮:藤岡幸夫(東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 首席客演指揮者)
ソプラノ:野々村彩乃
プログラム:
ビゼー:歌劇『カルメン』から 第1幕への前奏曲 ― ハバネラ
シャブリエ:狂詩曲「スペイン」
ドリーブ:カディスの娘たち
ファリャ:バレエ音楽『恋は魔術師』から「火祭りの踊り」
チャピ:サルスエラ『セベデオの娘たち』から「囚われ人の歌」
ファリャ:バレエ音楽『三角帽子』(全曲・解説付き)



