高関健×仙台フィルがサマーミューザで熱演!ショスタコーヴィチと「悲愴」で示した構築美

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026に、仙台フィルハーモニー管弦楽団が2019年以来2度目の登場を果たした。常任指揮者・高関健のもと、ショスタコーヴィチとチャイコフスキーという充実したシンフォニー・プログラムに挑み、作品の本質を鮮やかに浮かび上がらせた。


©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール

プログラムはショスタコーヴィチ《交響曲第9番》とチャイコフスキー《交響曲第6番「悲愴」》。一見すると対照的な作品だが、権力へのアイロニーと人生の終焉という、それぞれ異なる形の「人間の内面」を描いた2曲が並ぶことで、高関の作品解釈の深さが際立つ公演となった。

軽妙さの奥に潜む毒気──ショスタコーヴィチ《交響曲第9番》


©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール

1945年、第二次世界大戦終結直後に書かれたショスタコーヴィチの交響曲第9番。当時ソ連では、戦勝を高らかに讃える壮大な交響曲──ベートーヴェンの《第九》を思わせるような記念碑的作品──が期待されていた。しかし作曲家が完成させたのは、30分足らずの小ぶりで軽妙、どこかアイロニカルな作品だった。

第1楽章では軽快なテンポの中にも骨太な響きを築き、ユーモアだけでは終わらない作品の鋭さを描き出す。とりわけ木管セクションの充実ぶりは際立っており、フルート、クラリネットともに安定した美しい音色を聴かせる。

金管も鮮烈だった。トランペットは鋭く空間を突き抜けるような輝きを放ち、高関の求める明快な音楽づくりを支えた。軽妙な作品という先入観を覆すような、力強くスケール感ある《第9番》であった。

演奏中には客席でスマートフォンのアラームが長時間鳴り続けるというハプニングも発生。楽章間で高関が客席に向き直り、「この機会にもう一度スマートフォンの電源を確認してください」と穏やかに呼びかける場面もあったが、冷静な対応も印象に残った。

推進力と構築美で描いたチャイコフスキー《悲愴》


©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール

後半はチャイコフスキー最後の交響曲《悲愴》。
「死を予感して書かれた作品」というイメージで語られがちの《悲愴》だが、高関の演奏は物語性よりも、作品そのものの構造美を丁寧に積み上げていくアプローチだった。

第1楽章では各主題の対比が明確に示され、情緒過多に流されることなく音楽が着実に前へ進む。第3楽章は一転して圧倒的なエネルギーを放つ。行進曲風に積み重なるリズムは次第に熱気を帯び、終結部では金管が壮大に鳴り響く。とりわけ終盤のホルン群の力強い咆哮は圧巻だった。

第3楽章終結では、そのあまりの高揚感から客席の一部で拍手が起こる「悲愴」ではお約束とも言える光景も見られた。高関は客席へ軽く身振りを送り、「大丈夫ですよ」と語りかけるような笑顔を見せ、場内には和やかな空気が広がった。


©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール

終楽章である第4楽章で弦が静かに歌い始めると、それまでの緊張感が一転して深い悲しみへと変わる。高関はテンポを大きく揺らすことなく旋律を丁寧に積み重ね、終結へ向かう長いディミヌエンドでは、生命の灯が少しずつ消えていくような静謐な世界を描いた。

最後の音が消えたあと、会場を包んだ静寂は、この日の演奏の充実ぶりを雄弁に物語っていた。

サマーミューザで響いた「冬の日の幻想」

アンコールはチャイコフスキー《交響曲第1番「冬の日の幻想」》第4楽章。作品名とは対照的な真夏のミューザに響いたが、伸びやかで晴れやかな演奏は、この日の熱演を締めくくるにふさわしい爽快なフィナーレとなった。客席からは惜しみない拍手が送られ、仙台フィルの再演と活躍を期待させる幕切れとなった。


©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール

■フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026
仙台フィルハーモニー管弦楽団
最響タッグ、杜の都から再び!

日時:2026.7.26(日) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:高関 健(仙台フィルハーモニー管弦楽団 常任指揮者)

プログラム:

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番 変ホ長調 op. 70
チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 op. 74『悲愴』

[アンコール曲]
チャイコフスキー:交響曲第1番『冬の日の幻想』 第4楽章から

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026 仙台フィルハーモニー管弦楽団 | コンサートカレンダー 2026
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026 仙台フィルハーモニー管弦楽団