四半世紀育まれた名作が新国立劇場へ――びわ湖ホール制作オペラ『森は生きている』

7月19日、新国立劇場中劇場で、地域招聘オペラ公演2026として、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール制作のオペラ『森は生きている』が上演された。四半世紀にわたり育まれてきた珠玉のレパートリーが、東京の観客を温かな物語世界へと誘った。


提供:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール / 撮影:友澤綾乃

1998年の開館以来、創造型劇場として独自のオペラ制作を続けてきたびわ湖ホール。その中でも『森は生きている』は、2000年の初演以来、四半世紀にわたって上演を重ね、「びわ湖ホール声楽アンサンブル」が世代を超えて歌い継いできた代表的なレパートリーである。その成熟したプロダクションが、地域招聘公演として新国立劇場に届けられた。

開演前には舞台見学の時間が設けられ、観客は実際に舞台へ上がって、これから物語が紡がれる森の空間を間近に見ることができた。舞台装置や大道具を客席とは異なる視点から眺めることで、作品世界への期待が自然と高まり、劇場そのものが物語の入口へと変わっていく。

原作はサムイル・マルシャークの児童文学。湯淺芳子の翻訳をもとに、林光が台本・作曲を手掛けた本作は、「十二月の精」と少女たちが織りなす物語を通して、自然の摂理や命の尊さ、人と人との思いやりを描く。子ども向け作品として親しまれてきた一方で、大人になってこそ新たな意味に気づかされる作品であることを、実感させる舞台となった。

劇場全体が「森」へと変わる体験


提供:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール / 撮影:友澤綾乃

本公演では開演前から、ホワイエに流れる音楽や舞台見学、演出家・中村敬一によるプレトーク、出演者による「燃えろ、燃えろ♪」の振付レクチャーが行われ、客席全体が物語の世界へと自然に誘われていく。

幕が開く前から劇場そのものが「森の入口」となり、観客自身が作品世界へ足を踏み入れる趣向は、このプロダクションならではの魅力である。

舞台美術は2000年初演以来受け継がれてきたもの。紗幕や照明、映像を巧みに用いながら、森が広がり、季節が巡る様子を詩情豊かに描き出す。シンプルでありながら想像力を大きく刺激する舞台空間は、年月を経てもなお新鮮な輝きを放っていた。

林光が託した「本当に大切なもの」


提供:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール / 撮影:友澤綾乃

物語の中心にいるのは、雪深い森へマツユキ草を探しに向かう「むすめ」と、幼くして国を治める「女王」。境遇は異なっても、二人はともに孤独を抱えながら生きている。女王の気まぐれなおふれによって始まる物語は、やがて十二月の精たちとの出会いを通して、「自然の摂理」と「人を思いやる心」の価値を静かに問いかけていく。

四月の精が他の月たちに時を譲ってもらい、一人の少女の命を救うためだけに春を呼ぶ場面は、本作の象徴的な場面である。「決まり」よりも命を優先する十二月の精たちの姿は、自然界の秩序を守る存在だからこそ深い説得力を持ち、現代を生きる私たちにも大きな問いを投げかける。

また、継母や姉の欲深さ、権力に翻弄される博士や廷臣たちも決して単純な善悪では描かれない。未熟だった女王も物語の終盤では他者に耳を傾けることを覚え、新しいおふれを出すまでに成長する。

誰もが変わる可能性を持つ存在として描く林光の温かなまなざしが、この作品を時代を超えて愛されるものにしている。

日本語だからこそ届く歌


提供:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール / 撮影:友澤綾乃

今回改めて印象的だったのは、「びわ湖ホール声楽アンサンブル」の日本語表現の豊かさである。言葉が驚くほど自然に耳へ届き、一つひとつの台詞や歌詞が明瞭に伝わる。林光が紡いだ日本語のリズムと旋律が、オペラでありながら会話の延長のように息づき、作品の魅力をより身近なものとして感じさせた。

7月19日公演では、「むすめ」を高田瑞希が担当。真っ直ぐで透明感のある歌声と飾らない演技が、純粋で勇敢な少女像を鮮やかに描き出した。


提供:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール / 撮影:友澤綾乃

女王役の船越亜弥は、威厳と幼さを絶妙なバランスで表現。高い統率力を感じさせる一方、物語が進むにつれて少女らしい素顔が少しずつ顔をのぞかせ、その成長を自然に感じさせた。市川敏雅演じた博士は、豊かな存在感で女王に翻弄される姿をユーモラスに表現。有ヶ谷友輝の兵士は温かさに満ち、福西仁が演じた四月は爽やかな歌声で物語に希望の光を与えた。

そして何より、12人だけで数十役を演じ分けるびわ湖ホール声楽アンサンブルのチームワークは圧巻だった。瞬時の早替えを感じさせない自然さと、アンサンブルの精度は、このカンパニーが長年育ててきた作品だからこそ実現できる完成度である。

オーケストラとともに育まれてきた舞台


提供:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール / 撮影:友澤綾乃

阪哲朗の指揮のもと、日本センチュリー交響楽団による室内オーケストラは、歌手たちを温かく支えながら、林光の色彩豊かな音楽を丁寧に描き出した。寺嶋陸也によるピアノは、時に繊細に、時に躍動感をもって音楽を牽引し、劇全体にしなやかな推進力を与えていた。

「森は生きている」「燃えろ、燃えろ♪」「マツユキ草が咲いた 十二月の贈りもの♪」など、耳に残る数々の旋律は、世代を超えて歌い継がれてきた理由をあらためて実感させる。

時を超えて咲き続ける作品


提供:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール / 撮影:友澤綾乃

2000年の初演以来、びわ湖ホールで育まれてきた『森は生きている』は、「時とは何か」「自然とは何か」「人は変われるのか」という普遍的なテーマを、親しみやすい日本語と美しい音楽によって描き続けてきた作品である。

舞台を包む温かな空気の中で客席から自然と笑いが起こり、最後には大きな拍手が劇場を満たした。子どもたちは物語を楽しみ、大人は人生の機微に思いを巡らせる。それぞれの世代が異なる受け止め方をしながら、同じ時間を共有できる作品の力を改めて感じた。

四半世紀にわたり歌い継がれてきた舞台は、地域が育てた文化の豊かさを全国へ発信する「地域招聘公演」の意義を体現する舞台となった。そして『森は生きている』という作品が、これから先の世代へ受け継がれていくべき、日本オペラの大切な財産であることを改めて感じさせる公演となった。

■新国立劇場 地域招聘オペラ公演2026 びわ湖ホール
森は生きている
The Twelve Months / HAYASHI Hikaru
全2幕〈室内オーケストラ版/日本語上演・日本語字幕付〉

日程:2026年7月19日(日)14:00
会場:新国立劇場 中劇場

スタッフ

【原 作】サムイル・マルシャーク
【訳】湯淺芳子
【台本・作曲】林 光
【オーケストレーション】吉川和夫

【指 揮】阪 哲朗(びわ湖ホール芸術監督)
【演 出】中村敬一
【美 術】増田寿子
【衣 裳】半田悦子
【照 明】山本英明
【音響】小野隆浩(びわ湖ホール)
【舞台監督】山中 舞

指揮 阪 哲朗
演奏 日本センチュリー交響楽団
演出 中村敬一

キャスト

びわ湖ホール声楽アンサンブル

(18日/19日)
【1月・総理大臣】大野光星/芳賀拓郎
【2月・廷臣】古屋彰久(両日)
【3月・リス・オオカミ・廷臣】 宮良真子(両日)
【4月・カラス・警護隊長】奥本凱哉/福西 仁
【5月・ウサギ・もう一人の兵士・大使夫人・廷臣】小田裕香(両日)
【6月・もう一人の娘・リス・廷臣】山田結香子(両日)
【7月・むすめ・廷臣】脇阪法子*/高田瑞希
【8月・女官長・オオカミ】柚木玲衣加(両日)
【9月・おっ母さん・廷臣】森 季子(両日)
【10月・女王】山内由香/船越亜弥
【11月・兵士】有ヶ谷友輝(両日)
【12月・博士・古老】佐貫遥斗/ 市川敏雅

森は生きている
新国立劇場のオペラ公演「森は生きている」のご紹介。 新国立劇場では名作から世界初演の新作まで、世界水準の多彩なオペラを上演しています。