諏訪内晶子が描いた円熟のベートーヴェン、日本フィルが支えた充実の一夜

7月10日にサントリーホールで開催された日本フィルハーモニー交響楽団第782回東京定期演奏会。フランソワ・ルルーの指揮のもと、前半には諏訪内晶子を独奏に迎えたベートーヴェン《ヴァイオリン協奏曲》、後半にはプロコフィエフ《交響曲第5番》が演奏された。

この日の聴衆の心を強くつかんだのは、諏訪内晶子による充実したベートーヴェンだった。

諏訪内晶子、円熟の境地へ――グァルネリが響かせた雄弁なるベートーヴェン


Ⓒ山口敦

愛器である1732年製グァルネリ・デル・ジェズ「チャールズ・リード」は、深く、豊かな響きを放ち、その音色は完全に彼女自身のものとなっていた。演奏者に高い要求を課す楽器といわれる「チャールズ・リード」。しかし諏訪内は、その重量感と厚みを自在に引き出し、スケールの大きなベートーヴェンを描き上げた。

第1楽章では、揺るぎない音程と張りのある高音、芯の太い響きが終始ホールを満たす。美しいだけではなく、強い意志と生命力を感じさせる演奏であり、ベートーヴェンの音楽に宿る崇高さと人間的な力強さが鮮明に浮かび上がった。

ヨアヒム版カデンツァでは、力強い世界を圧倒的なスケール感で描き切り、現在の充実ぶりを印象づけた。かつては美しさが先行していた諏訪内のベートーヴェンが、今回は一音一音に確かな意志を宿した『語る音楽』へと深化していた

第2楽章では一転して、静謐で気品あふれる世界を構築する。日本フィルの木管楽器が温かな響きで寄り添い、諏訪内の旋律は、張り詰めた緊張感の中にも歌心を宿していた。

終楽章でも切れ味鋭い音色は最後まで揺らぐことなく、甘さとほろ苦さを湛えた第2主題から力強いカデンツァ、そして輝かしいフィナーレまで、一気呵成に駆け抜ける。

終演後には客席から盛大な拍手が送られ、何度ものカーテンコールに応えて披露されたアンコールは、バッハ《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番》より〈Largo〉。一転して孤高の静けさを湛えた美しい世界を聴かせ、会場を深い余韻で包み込んだ。

名演を支えたのが、フランソワ・ルルー指揮の日本フィル。ルルーはオーボエ奏者ならではの息の長いレガートを生かし、独奏に寄り添う柔軟な呼吸感を生み出した。骨太なオーケストラサウンドを基調としながらも、ソロの背後では繊細なニュアンスを作り出し、諏訪内と心地よい一体感を実現。独奏を引き立てながらも、オーケストラとしての存在感を失わない理想的な協奏曲演奏となった。


Ⓒ山口敦

プロコフィエフで示した日本フィルの充実


Ⓒ山口敦

後半のプロコフィエフ《交響曲第5番》では、ルルーの個性がより鮮明に現れた。色彩感豊かなサウンドと明晰なテクスチュア、各声部をくっきり浮かび上がらせるバランス感覚は印象的で、第1楽章冒頭のまろやかな響きや、第2楽章スケルツォの軽妙なリズム、第4楽章の豪快な推進力には独自の魅力があった。

日本フィルの演奏水準の高さは際立っていた。木管、金管ともに充実したソロを聴かせ、終楽章コーダの複雑な書法でも全パートが驚くほど明晰に聴き取れるアンサンブルを実現。ティンパニをはじめ打楽器も全体を引き締め、オーケストラ全体の成熟ぶりを強く印象づけた。

今回最も印象に残ったのは、グァルネリ・デル・ジェズ「チャールズ・リード」を完全に手の内に収め、円熟の境地を示した諏訪内晶子のベートーヴェン。美しさだけではなく雄弁さを備えた演奏は、現在の彼女だからこそ到達できた芸術として深い印象を残した。


Ⓒ山口敦

■日本フィルハーモニー交響楽団
第782回東京定期演奏会

日時:2026年07月10日 (金) 19:00

会場:サントリーホール

指揮:フランソワ・ルルー
ヴァイオリン:諏訪内晶子

プログラム:
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.61

ソリスト・アンコール:J. S. バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番 BWV 1005 より 第3楽章 Largo

プロコフィエフ:交響曲第5番 変ロ長調 op.100