東京交響楽団 新音楽監督 ロレンツォ・ヴィオッティ、新たなる船出――「1番」2作で示した美しき輪郭

2025年5月17日、ミューザ川崎シンフォニーホールで開催されたミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第217回は、新音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティの“就任披露”という特別な意味を持つ公演となった。

プログラムに並んだのは、ベートーヴェンとマーラー、それぞれの「交響曲第1番」。クラシック音楽史において“出発点”とも言える作品を通して、新時代の東京交響楽団の方向性を示そうとする意図が明確に感じられる構成である。

1990年スイス生まれのヴィオッティは、すでに欧州主要オーケストラや歌劇場で高い評価を得ている俊英。父は名指揮者マルチェッロ・ヴィオッティ。華やかな経歴だけでなく、近年は音楽の構築力と色彩感、そして繊細なコントロール能力において著しい成熟を見せている。

透明感際立つベートーヴェン《交響曲第1番》

前半のベートーヴェン《交響曲第1番》では、比較的コンパクトな編成を採用し、スリムかつ機動力に富んだサウンドを実現した。演奏は極めてオーソドックスでありながら、響きの透明感が際立つ。ヴィブラートを自然に用いながらも、音像は濁らず、弦と管のバランスも秀逸。ユベール・スダーン時代から培われてきた東京交響楽団特有の端正な音楽語法を継承しつつ、新たな洗練を加えていた。

印象的だったのは、第3楽章から第4楽章への接続である。鋭いリズム感を保ったままアタッカで終楽章へ突入し、その後に大胆なブレーキをかけることで、主部の加速感と爽快さを際立たせた。デュナミークの対比も鮮やかで、ヴィオッティの構成感覚の鋭さが光る場面となった。

均整と色彩で描かれたマーラー《巨人》

後半のマーラー《巨人》では、ヴィオッティの持つ“音の美学”がさらに鮮明に現れる。ヴィオッティはマーラー特有の誇張や過剰な情念へ傾きすぎることなく、全体を非常に均整の取れた造形でまとめ上げる。第3楽章「フレール・ジャック」では、通常のコントラバス独奏ではなく、コントラバス全員による演奏を採用。俗っぽさを強調するのではなく、どこか品格を保った諧謔として描き出していたのが印象深い。

また、中間部「さすらう若人の歌」に由来する場面では、幻想性に富んだ柔らかな歌わせ方が際立った。前音楽監督ジョナサン・ノットの劇的で鋭利なマーラーとは対照的に、ヴィオッティは透明感と色彩感、そして“呼吸の長さ”によって音楽を築いていく。

第4楽章冒頭では長い静寂の後、雷鳴のような爆発が炸裂。コーダではホルンのベルアップと金管増強によって壮大なクライマックスが築かれたが、響きは決して飽和せず、最後まで統率感を失わなかった。無理な煽りや過剰なテンションに頼らず、巨大な音響を自然な流れの中で成立させる手腕が良好。整い過ぎた均衡感が、かえってスケール感や精神的切迫感を削いでしまった側面もあったが響きの洗練、弱音の精度、長いフレーズを築く呼吸感覚は、すでに一流の域にある。

ノット時代との対比から見える新たな東響像

前任ジョナサン・ノットが東響にもたらした“尖鋭性”や“挑戦的な推進力”と比較すると、現時点のヴィオッティは着任したばかりということもあり、まだ慎重で優等生的にも映る。しかし、今回の音楽監督就任披露は、「美しい音楽」を聴かせる点では成功だったのではないだろうか。

激しさや奇抜さではなく、“音そのものの美しさ”によって聴衆を惹き込む新音楽監督。その第一歩は、極めて充実したものだった。今後予定されている《ダフニスとクロエ》などの大型プログラムにも、期待が高まる。

■ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団
名曲全集第217回

日時:5月17日(日)18:00
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

管弦楽:東京交響楽団

プログラム
〔音楽監督就任披露〕
ベートーヴェン:交響曲 第1番 ハ長調 Op.21
マーラー:交響曲 第1番 ニ長調「巨人」

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【完売】ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第217回
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