3月15日、世界最高峰のスター・テノールで情熱と爆発的なエネルギーで美声を響かせるヴィットリオ・グリゴーロのソロ・コンサートを東京文化会館で聴いた。「このときを聴き逃せない!」という歌手、プログラムで贈るNBSの〈名歌手シリーズ〉。一流のアーティスト、本物のみを招聘することに拘り続けてきたNBSの珠玉の企画です。
ⒸKiyonori Hasegawa
ヴィットリオ・グリゴーロは、イタリア共和国トスカーナ州アレッツォ生まれ。少年時代からローマのシスティーナ礼拝堂合唱団でソリストとして頭角を表し、23歳でミラノ・スカラ座で鮮烈なデビューを飾った。
その後、メトロポリタン歌劇場、ウィーン国立歌劇場、英国ロイヤル・オペラ、パリ・オペラ座など世界の名だたる一流歌劇場で大躍進。2023年のローマ歌劇場日本公演において、プッチーニ「トスカ」カヴァラドッシ役で見事な歌唱を披露したのが記憶に新しい。
本年2月には、ウィーン国立歌劇場で上演されたジュゼッペ・ヴェルディ中期の傑作『イル・トロヴァトーレ』でマンリーコを熱唱、オペラ一番の聴かせどころである「見よ、恐ろしい炎を」ではオペラの造詣が深いウィーンの聴衆からも高い評価を得た。
本年3月4日には、来日中のイタリア共和国マッタレッラ大統領、秋篠宮皇嗣同妃両殿下をはじめとする貴賓が多数臨席するなか都内で行われた特別コンサートで「リゴレット」や「愛の妙薬」などのアリア4曲と、イタリア歌曲2曲を披露し、盛大な拍手で絶賛された。
本コンサートの前半は、「プッチーニ没後100周年」を記念した、プッチーニに捧げるプログラム。
冒頭、『トゥーランドット』の「泣くな、リュー」と『西部の娘』の「やがて来る自由の日」では、磨き上げられた美声で情熱的な歌唱を披露。あっという間に聴衆の集中力を最大限に高め、一瞬の歌も聞き逃せないと想起させるグリゴーロのスーパースターならではカリスマ性と色香、ユーモアのセンスと天性の明るさは流石のものだった。
第一部の最後を飾ったのは、「誰も寝てはならぬ」では、活き活きとした感情が歌に宿り、高い演劇性と感情の炸裂、並外れた歌唱技巧で観客の涙腺を崩壊させていた。
後半は、<ヴェリズモ(真実主義)>。グリゴーロが挑戦に踏み切ったはヴェリズモ・オペラのアリアが次々と歌唱された。誰をも虜にするような甘く繊細で情熱的な声、爆発的な演技力、凛々しく魅力的な舞台姿。その全てが輝いていた。
ⒸKiyonori Hasegawa
アリアの間に披露されたレオナルド・シーニ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団の演奏は、格別の出来。グリゴーロとの呼吸感もぴったりだった。普段の演奏会で取り上げられることが少ないヴェリズモ・オペラの間奏曲をたっぷりと聴かせてくれた。ジョルダーノ歌劇「フェドーラ」間奏曲とマスカーニ歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲では美しい弦の響きが際立っていた。プッチーニが作曲した最初の歌劇「妖精ヴィッリ」第2の間奏曲「夜の宴 (妖精たちの踊り)」 では迫力ある管セクションの妙技が冴えわたっていた。
本編ラストを飾ったルッジェーロ・レオンカヴァッロ作曲歌劇『道化師』の「衣装をつけろ」では終始、圧倒させられ涙腺崩壊。ヴィットリオ・グリゴーロから発せられるテノールは、高音は力強く光輝き、声楽の解釈は並外れて多彩だった。
ⒸKiyonori Hasegawa
その発声は、神の声の発光領域のみに焦点を当てたようだった。グリゴーロは、聴衆との間に親密な決定的瞬間をいくつも作り上げ、観客の心を大きく揺り動かした。
アンコールはジョルダーノの歌劇『フェドーラ』のアリア「愛さずにはいられぬこの思い」では燃え上がるような宿命の愛を歌い、深い共感を勝ち得ていた。終演後は熱狂的なブラヴォーとスタンディングオベーションの時間が長く続いた。
現代最高の歌手、ヴィットリオ・グリゴーロのテノール・コンサートは観客全員を”愛さずにはいられない”境地に導いた名舞台だった。
ⒸKiyonori Hasegawa
■旬の名歌手シリーズ – XII
『ヴィットリオ・グリゴーロ テノール・コンサート』
日程:2025年3月15日(土)
会場:東京文化会館
指揮:レオナルド・シーニ
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
出演:ヴィットリオ・グリゴーロ(テノール)
【プログラム】
【第一部】 <プッチーニに捧ぐ>
ジャコモ・プッチーニ作曲
歌劇「トゥーランドット」
“泣くな、リュー”
歌劇「西部の娘」
“やがて来る自由の日”
歌劇「マノン・レスコー」
間奏曲
“なんと素晴らしい美人!”
アミリカーレ・ポンキエッリ作曲
歌劇「ラ・ジョコンダ」
時の踊り
歌劇「外套」
“お前の言うとおりだ”
歌劇「修道女アンジェリカ」
間奏曲
歌劇「西部の娘」
“やがて来る自由の日”
歌劇「トゥーランドット」
“誰も寝てはならぬ”
【第二部】 <ヴェリズモ(真実主義)>
フランチェスコ・チレア作曲
歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」
“私の心は疲れ”
ウンベルト・ジョルダーノ作曲
歌劇「フェドーラ」
間奏曲
ウンベルト・ジョルダーノ作曲
歌劇「アンドレア・シェニエ」
“五月の晴れた日のように”
ピエトロ・マスカーニ作曲
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」
間奏曲
ピエトロ・マスカーニ作曲
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」
“母さん、あの酒は強いね”
ピエトロ・マスカーニ作曲
歌劇「友人フリッツ」
間奏曲
ウンベルト・ジョルダーノ作曲
歌劇「アンドレア・シェニエ」
“五月の晴れた日のように”
ジャコモ・プッチーニ作曲
歌劇「妖精ヴィッリ」
第2の間奏曲「夜の宴 (妖精たちの踊り)」
ルッジェーロ・レオンカヴァッロ作曲
歌劇「道化師」
“衣装をつけろ”
アンコール:
ウンベルト・ジョルダーノ作曲
歌劇「フェドーラ」
“愛さずにはいられぬこの思い”
主催:公益財団法人日本舞台芸術振興会/日本経済新聞社
後援:TOKYO FM